帰り道の一コマ
退勤途中、雨の降りしきる駅前で、演説を終えた共産党の候補が一息ついていた。周りの様子からも邪魔にならなさそうだったので、聞いてみたかったことを聞いてみようと声をかけてみた。
続きを読む退勤途中、雨の降りしきる駅前で、演説を終えた共産党の候補が一息ついていた。周りの様子からも邪魔にならなさそうだったので、聞いてみたかったことを聞いてみようと声をかけてみた。
続きを読む衆議院解散総選挙の投票日まであと1週間。
どこに投票するか、も大事だが、そもそも本当に今の制度は民意を反映できているか?という問題意識は前回記事にも書いてみた。
前回記事でも指摘したように、多数決は票の割れに弱い。最大の欠点だ。
学校の1クラス45人で例えてみよう。
クラスの選挙で、A~Cの3人から1人を選ぶとき。
クラスの20人がAに近い考え方、そして半分以上の25人がB・Cに近い考え方を持っていたとしよう。略図にするなら、こんな感じ?
A B・C
←――――――――――――――――――――→
20人 25人
さてこの場合、多数決でだれが勝つのか?
と言ったら、こんな可能性があることはお分かりだろう。
BとCで票が割れて、クラス全体からすれば少数派であるAが勝つのだ。
Aが20票、Bが15票、Cが10票、といった具合に。
3人以上から1人を選ぶ多数決を行う場合、上と同じ現象が起こる。つまり、日本の国政選挙でいえば、小選挙区制ではこのようなことが起こる確率が高い。
実際、こんな調査も出ている。(太字は筆者)
調査で安倍政権の5年間の評価を聞くと、「評価する」44%、「評価しない」41%と割れている。ただ、「評価しない」と答えた人でも、選挙区では3割近くが自民候補に投票する意向を示した。野党が分散していることに加え、政権批判票の受け皿になり切れていない状況がうかがえる。
よって、今回の選挙も、自公が目標の233議席を確保することは ほぼ確実だろう。
選挙で「勝った」とき、安倍首相が語る言葉に注目したい。
※それ以上に、池上さんの突っ込みにも期待しているのだけれど
選挙で勝って、国のリーダーになる人物が、こういう言葉を口にしてくれたら、と思う。オバマもうまくいかないことはいっぱいあったが、やはり彼の演説はピカイチだ。
And to those Americans whose support I have yet to earn – I may not have won your vote, but I hear your voices, I need your help, and I will be your President too.
訳)私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領に、なるつもりです。
この、I will be your President too.の持つ度量こそ、国のリーダーにふさわしいと感じてしまう。もちろん、本心からそう言っていることが大事だけれど。
選挙で勝つ=民意 ではない、ということは、2位以下の候補を順位づけて選べない多数決を使っていれば明らかだ。
多数決を否定するなら代案を出せ、と言われるかもしれないが、
多数決以外の集約ルールはたくさんある。(ボルダルール・コンドルセルール・決選投票付き多数決・繰り返し最下位切り多数決・是認投票・中位ルールなどなど)で集約したら、違う結果が出ることだってあるだろう。
ネットで息巻いている人たちは、どこ支持であれ、一度「制度のうえで踊らされていないか」を真摯に考えたほうがいい。
やっぱり演説は本人の言葉を聞くのが一番だ。
※スピーチの00:13:00あたりから再生される
※全文スクリプトはこちら:Barack Obama Speech - Election Night Victory - Nov 4 2008 - COMPLETE TEXT
ボルダルールなどの集約ルールについては、
おすすめの新書5冊選べ、と言われたら↑入れちゃうだろうな。
くじ引きやじゃんけん?責任者での話し合い?学校現場での「決め方」はワンパターンだ。
しかし、いつから多数決が当たり前に使われるようになったのだろう?
クラスの委員決め、合唱曲の曲決め、指定校枠での推薦者決め、なんでもかんでも学校現場の意思決定は多数決だ。あるいは管理職の一存(小声)。
学校現場は生徒たちの意思決定を促す場でなければならない。
その意思決定が、意外と適当にやり過ごされている、と思わせてくれるのはこの本だ。
学級委員も、大統領も、ほとんどの場合は選挙になるだろう。推薦で無投票当選なんてことはなかなか起きえない(高学年になると出来レース化してくることも否めないのだが)。
1つのクラスから2人選ぶ学級委員選挙も、
1つの国から1人だけ選ぶ大統領選挙も、
候補者が3人以上いる場合は同じ弱みを持っている。
それが「票の割れ」だ。
男子から2人立候補、女子から1人、学級委員の立候補が出たとしよう。
選ばれるのは3人の中から2人だ。
なんとなく想像がつく方が多いだろうが、大体男子1人、女子1人が選ばれるだろう。
なぜそういうことが起きるのか?
ずばり、票の割れだ。なぜか生徒の多くは、2人とも男子・女子(でもまったく構わないのだが)ではなく、男女1人ずつを選ぼうと思ってしまう。
したがって、男子も女子も、その立候補した女子があまりに的外れでなければ、
「その女子と、男子のどっちか」を選ぶのだ。
その結果、男子同士で票を奪い合う、ということが起こる。
もちろん、そんなことを誰も問題視はしない、のだが。
決してこれはたとえ話ではない。
2000年のアメリカ大統領選挙を例に挙げよう。当初の世論調査では、民主党のゴアが共和党のブッシュに勝っていた。だが途中で泡沫候補のラルフ・ネーダーが立候補を表明、最終的に支持層が重なるゴアの票を食い、ブッシュが漁夫の利を得て当選した。多数決は「票の割れ」にひどく弱いわけだ。」(坂井豊隆『多数決を疑う』)
こうして、現実的に票は割れていく。
国会議員の選挙でもそうだ。
2016年の参議院選挙でも、小選挙区で、自民党vs民進党vs幸福実現党の構図が生まれたとき、自民候補が民進候補に惜敗するケースがあった。
それは保守寄りといえる幸福実現党の候補が、政策のかぶる自民党候補の票を食い、それによって自民候補の票が伸びず、民進候補にその分だけ及ばなかったからだ。
逆に、自民vs民主vs共産の構図となり、民主と共産で票を食い合い、それが自民候補の当選につながったケースもある。(代表が敗れた、2014年の衆院選)
ただ一つ言えることは、私たちは決めているようで、決めさせられている。
それは、多数決という決め方のルールが、「1位」しか表明できないルールだからだ。
多数決のもとで有権者は、自分の判断のうちごく一部にすぎない「どの候補者を一番に支持するか」しか表明できない。二番や三番への意思表明は一切できないわけだ。(坂井豊隆『多数決を疑う』)
順位をつけて投票する、となれば、「票の割れ」は防げるかもしれない。
もちろん、そうした選挙制度を国政レベルで整えるのは至難の業だ。
ただ、今の決め方は決して「総意」どころか「民意」を適切に反映しているものではない、ということは、頭に置いておきたい。
そうでないと、「悔しかったら選挙で勝て」みたいな発言をしてしまうことになる。
とりあえずすべての学校教員はこれを読んで安易な多数決を控える教育をしたほうがいいんじゃないか。それこそがシティズンシップではないか。
シティズンシップはそういう、”生活”目線のもので、
教科として「教えられるべき知識」とは違って経験ベースの部分が強いものだと感じる。
新書よりも、こっちの方が読みやすいかも。
内容は結構かぶっている。ケーススタディが違うのと 、図が多め。あと地味だが巻末に「索引」があるのはありがたい。
「決め方」の経済学―――「みんなの意見のまとめ方」を科学する
何かを「皆の意思で」決めた。そういう言葉のもつ”危うさ”を、論理的に自覚したい、という思いが何となくあるあなた、ぜひご一読を。
博多高校で起こった暴力事件について、様々な方が様々なことをおっしゃっている。
教育は、ほぼ誰もが経験したことがあり、物申せる分野だ。それは良し悪しがあれど、共通の土台にもとづいて多くの人が議論をすることができる分野、であると考えている。
だから、今回の事件についても様々な見解が出されてしかるべきだ。
ただ、2つ違和感が消えないことがある。
1つ目。
彼のしたことは、法の下で裁かれるべきだし、彼の事件後のSNSにおける態度は決して良いものではないかもしれない。
だが、SNS上で個人情報を特定し、晒しあげ、煽ることの先に何があるだろうか。
その先には、「なんでおれだけが!という思い」と「社会に対する憎しみ」を助長するだけだ。
そんな大人を育てることが教育だろうか。そんな社会に出よう、と思えるだろうか。
保護者をSNSで責めて何になるだろうか。保護者の多くは子供を守りたい一心に決まっているじゃないか。いくら子供に非があっても、SNS等で私刑にさらされるならば話は別だろう。
もう一度言う、
教育は基準により人を断罪し、逸脱した者を排除するシステムではない。
退学になった彼や保護者を受け止める先はあるだろうか。
これが2つ目だ。
尾木さんの言っていることは分かる。しかし、教員は「ことば」の職業だ。
自らの放つことば1つで、生徒は変わることがある。良くも悪くもだ。
教員は人一倍、ことばに敏感にならなければいけないのは百も承知だろう。
しかし、彼もまた被害を受けた教員を「断罪」している。
「尾木ママならあんなにけられ胸ぐら掴まれっ放しにしませんね 毅然(きぜん)として刑法に基づいて【正当防衛権】行使します!! 自らの正当な権利の行使も出来ないとは情けない教師ですね」
他の記事も合わせて読めば、尾木さんに”見出し”のようなあからさまな悪意がないこと、教員だけでなく学校を応援していることは伝わる。
が、とても残念だ。なんて想像力がないんだろう。
精神的にショックを受けているこの新任教員の経験は、一生付きまとうだけでなく、いつまでもネットに情報は残り、取り出される。
影響力の大きさをわからず、「情けない」という言葉を使うことが、1人の新任教員にどういう負の影響力を及ぼすか、の想像力がないのかと思うと、私は悲しい。
リスクを考えることは、教員にとって必須の思考だ。
それは今回の場合、
「もし、彼がこのブログを読んだらどう思うだろうか?」という思考だ。
結果的に、この新任教員がタフで、意に介さず頑張ることができれば、それはそれでいいじゃないか。
どうして、1人の教員をつぶす可能性があることばを選ぶのかがわからない。
偉大な実践家・大村はまはこういっている。
こころをみがき、こころをみがく ・・・「みがく」ということは、そのものを大切にし、そのものに愛情を持っていることですね。どうぞ、ことばを大切にし、ことばへの愛情をもちつづけていってください。・・・ことばを、そのはしばしまで正しく使うことでしょう。どんな小さい傷もつけないように使うことでしょう。
尾木さんは、この新任教員という”仲間”と、自らの言葉に対し愛情を注げているだろうか。
高校生が授業中に教員を暴行した、このニュース。
「生徒(暴行した生徒だけでなく周りも含む)がひどい」という個人・学校の批評とは違う角度から、2点だけいいたい。
前提として、自分もつられて当該動画を見たが、前後の状況はともかく、よく”やりかえさなかった”の一言に尽きる。
状況からして、当該生徒が”本気で”暴行していないことは明らかだ。教員のズボンのポケットを探る姿も、その後の蹴りの様子も、嘲笑的な要素が強い。(かなり強い力で暴行していたことは確かだが)
若手男性教員の実感としていえるが、これほど悔しく、むなしい気持ちになることはない。このご時世だが、なりたくて教員になったのだ。
それなのに、生徒から蹴られる。でも、手を出さなかった上に、このコメントだ。
警察への被害届提出は見送る方針で「復帰したら時間をかけて生徒を指導したい」と話している
生徒が男性講師を殴る蹴るの暴行動画ツイッターで拡散 笑い声も…福岡の私立高校、被害届は見送り方針(1/2ページ) - 産経WEST
教育者だと思う。現状、精神的ショックで自宅待機となっているので、早い心身の回復を祈りたい。
必要以上の抑止ととられるような行動をとらなかったことは本当に良かったと思う。そのうえで思ったこと。
23歳の新任、ということは、どの学校でもあることだ。
が、常勤講師という立場をご存じだろうか?
※常勤講師のリアルな実態についてはこちらを
教員の実態は、こうなんです。〜ボーナス・退職金ありの契約社員?〜 - やっちゃえ先生ブログ
私立学校の教員は、公立の教員と置かれている立場が違う。それは良くも悪くも、「公務員ではない」ということだ。
裏を返せば、雇用に関して本当に弱い立場にあるということだ。
自分も常勤講師だった時代があるが、悩ましかった。
という心理状態である。
この状態で採用されて「常勤講師」になっても、専任になれるかどうかは本人の意思はほとんど反映されない(反映できるようなら初めから専任の道を明確にする)。
まずは1年やって、とか、担任を1年やって、とか
そんなこんなで数年が経ち、気付けば30歳。そうなると、他校の専任の道はほとんどないといっていい。
だから、本当に「常勤」は弱い立場だということをわかってほしい。
出せないよ。出せない。
いくら抑止のためとはいえ(この場合は防衛だが)、例えばその動画一発で「今年限り」を通告されることがあるからだ。それも、常勤だから、「契約通り」の一言で終わってしまう。
目立たない生徒から信頼されていても、目立つ生徒がとった動画一発でアウトだ。
動画を撮られていなくても、たとえ手を出していなくても「威圧されるような教員」という空気で自分は見られ続けるのだ。
しかも、良くも悪くも同じ県の私立学校は大体つながっている。
学校はもちつもたれつ。私立ならなおさら、広報活動などで教員同士が関わることがあるし、部活動などでも教員同士は大体「どこどこの誰先生」で通じる。
別の学校に勤務していたら、大体どこかでその話は伝わっているし、リアルな評判も耳にするだろう。
その意味でも、今回この教員が守られるべきなのだ。手を出さなくて本当によかった。
もう一度のせよう。教育者だと思う。
警察への被害届提出は見送る方針で「復帰したら時間をかけて生徒を指導したい」と話している
生徒が男性講師を殴る蹴るの暴行動画ツイッターで拡散 笑い声も…福岡の私立高校、被害届は見送り方針(1/2ページ) - 産経WEST
先生の早い復帰と、生徒の更生を願いたい。
付言して、生徒のためにも、先生のためにも、今回の実名報道は本当にいけない。ネットにさらすことが、どんな影響を持つか想像力がないんだろう。その行為は、教員も苦しめる可能性があるのだ。