かつて、私はタイトルの条件が満たされた場所で働いていました。
その業界で名を知らない人はいない大企業の総合職で、海外勤務も、全国転勤もある職場でした。
一方で、
現在は海外勤務なし、全国転勤なし、規模でいえば中小企業の代表のような私立学校で、教員というプチ?専門職として働いています。
人によっては、「教員はブラック」と捉えることもあるでしょう。
では、なぜ私が今の職場を選んだか。
○「立派な就職」に憧れた就活
就職活動では、勉学もさることながら、学生時代の諸活動や、バイタリティを買っていただいたと思っています。
ある程度、やりたいことも絞り込め、自分なりの軸(と呼ばれる何か)も持っていました。正直言って、幸いなことに就活でめちゃめちゃ苦労することはありませんでした。
でも、今思えば、自分の中の「あこがれ」から逃げきれていなかったように思います。
特に、私は経済的に決して裕福な環境ではなかったので、就職することで、親を安心させたいという思いや、奨学金の返済を不安視しなくてよい、という思いがありました。
よって、何にあこがれたか、というと、「立派な就職」なのです。
先に書いた、
・業界で名を知らない人はいない大企業の総合職
・海外勤務も、全国転勤もある職場
で、世間的に言えば、「立派」な就職を決めた、ことになりました。
親も喜び、奨学金の返済への不安も薄らぎ、私は安心していました。
やりたいこと、将来のビジョンはあったものの、それよりも大きく自分の意思決定に影響を及ぼしていたのが、「条件」であり、その条件への「あこがれ」を捨てられませんでした。
先日書いたmanaveeの記事でも紹介しましたが、苦労して、大学に進学したと思う気持が強いほど、世間のいう「立派な就職」から逃れられなかったと今は思います。
○今死んでも、幸せだったと思えるか
そんな私が企業で働き始め、それなりに仕事を頑張る毎日でした。
転勤も経験しました。噂には聞いていたけど、全国転勤ってこういうことか!と痛感しました。
「家を買ったら飛ばされる」と笑っていた上司が本当に飛ばされたり、子供が3人いても関係なく地方へ飛ばされる先輩がいたり。(私はもう転勤したくないです笑)
どこにいっても、上手くいかないことは多々あれど、新規事業の立ち上げに関わらせてもらったり、全社のビジネスアイディアコンテストで入賞したり、機会には恵まれていました。
でも、ある日寝る前にふと思ったのです。
「もし今死んでも、あ~いい人生だったと言えるか?」と。
(これを思わせた私のバイブルとなった書籍についてはまた紹介させてください。)
その時の自分の答えは、NOでした。
規模の大きい会社で、仕事をすることが幸せなのではなくて、
自分のやりたいことをまっすぐにやりきることが幸せだろうと思いました。
それが、私にとっては、現場で1人のために向き合う教員という職でした。
運よく転職を果たすことができましたが、本当によかったと思っています。
○自分にとっての幸せとは何だろうか
就活時にこれがわかっていなくてもいいと思いますが、
早めに気付けたらよいと思っています。
例えば、最近話題になった大学入学したての18歳が、中退して起業しますという話。
大いに応援したいですね。突っ込みどころが満載だとしても、どんどんやればいいと思います。
大学進学も、ほぼ私費負担で通っているわけですから、
国家のために進学しなきゃいけないわけでもない。卒業も然り。
ならば、自分の生きざまは自分で決めればよい、と私は思ってしまいます。
(多少お世話になった人の声は聞いたほうがいい笑)
ともあれ、
死ぬときに、「あ~スケールのでかい仕事したなあ」ではなくて、
「あ~無力な自分でもあの子のためになれたんだなあ」と少しでも思って死ねたら私は幸せなんだろうなあ、と思います。
高校生も、秋は文理選択や、志望校選定、センターの出願はもちろん、AO入試の選考など、それぞれの道を意識するような出来事が学校でも進みます。
文理選択は、高1にとっては、自分で何かを選ぶ=自分で何かを捨てる 初めての経験になるかもしれません。
「選ぶ」ことは、「捨てる」こと。一人一人の悩みにしっかり向き合う秋にしていきたいと思います。