やっちゃえ先生探究記

生徒の力が引き出される「学習者中心の学び」をデザインしたい教員です。地道な形成的評価を大切に。

袴田事件・高裁の再審取り消し判断と私たちの感覚がズレる理由!〜裁判所の考える「再審決定」の条件とは?〜

あまりの驚きに仕事の手が止まってしまった午後でした。

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死刑囚として世界一長い拘禁期間(ギネス記録)を経て、再審決定判決を勝ち取った袴田さんの再審への扉がまた閉ざされることになってしまいました。

もくじ

袴田事件とは

袴田事件 1966年6月30日、静岡県清水市(現静岡市)で、みそ製造会社の専務宅が放火され、一家4人が他殺体で見つかった。従業員で元プロボクサーの袴田巌さんが逮捕され、犯行を「自白」したとして強盗殺人などの罪で起訴された。公判では一貫して無罪を訴えたが、一審静岡地裁は現場近くのみそタンクから見つかった衣類5点を袴田さんの着衣と認定。死刑を言い渡し、80年に確定した。

袴田事件:時事ドットコム

明らかに「不当」と言える取り調べの経緯、証拠の信ぴょう性の乏しさ*1にも関わらず、死刑判決が確定してしまいました。

2014年・再審開始決定のカギは

死刑確定から33年がたった2014年、つまり今から4年前、再審開始決定が静岡地裁によってなされました。

その時の決定文全文をこちらからPDFで読むことができます。

犯行着衣と袴田さんのDNAが一致しないこと、証拠の捏造の可能性があることが再審開始決定の主たる理由でした。

free-iwao.com

この記事で一番言いたいこと!

一般人の感覚では、おそらく

裁判所において再審決定を行うのは、被告人を有罪と言いきれないから。

という感覚があると思います。

疑わしきは罰せず」という言葉はきっと聞いたことがあるでしょう。

無罪推定の原則から言えば、疑わしいだけで明確な証拠がない場合は無罪とみなすわけですから、当然袴田さんも有罪と言い切れない状態で有罪判決を下してはいけない、無罪になるだろう、という論理です。これがきっと普通の感覚。

が!裁判所の論理はそうではないのです。

ここでカギとなるのは、先の再審開始決定文の中でも触れられている、

弁護人から新たに出された五点の衣類に関するDNA鑑定と色に関する証拠は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に該当する。

という項目だと思います。つまり、

裁判所において再審請求を行う

=無罪と言える有力な新証拠が見つかる 

というのが裁判所の「再審決定」の論理であり、条件です。

ここを認識していないと、今日の高裁決定に対して感覚的なズレが生じます。(だからと言って今回の決定を納得して受け止められるかというとそんなはずはない)

この考えで今日の高裁決定の要旨を読み直すと

決定文をまとめるところに、このような記述がありました。

よって、鑑定結果やみそに漬ける再現実験の報告書の証拠価値は低く、袴田さんに無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとは言えない。

このほか、第2次再審請求審で提出された新証拠には、確定判決で認定された犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値のあるものは存在しない。

東京高裁決定要旨=袴田事件:時事ドットコム

お分りいただけるでしょうか? 

裁判所の再審決定の論理は、「有罪と言い切れるかどうか」ではなく、

「無罪と言える有力な新証拠と言えるかどうか」なのです。

とは言え、やっぱりおかしいよ、、、とため息が出てしまいます。。

ちなみに高裁判断をした裁判官は

袴田さんの支援者のサイトにこのようにまとめられています。

大島さんは人間の自由と尊厳を大切にし、デュープロセスに立脚した公平な裁判ができる裁判官です。日本の裁判官にも硬骨漢が居ることを証明する貴重な方であるといっても過言ではありません。司法記者からの評判はすこぶる良好。刑事事件では「被告人に適正な処罰を与える」のがモットーで、法曹界では「証拠を多面的にとらえ、検察、弁護側のいずれ寄りの立場も取らない異色の裁判官」という評価です。

即時抗告審の大島隆明裁判長って、どんな裁判官? | 浜松 袴田巖さんを救う市民の会

袴田さんの再審取り消しをする前に書かれた記事とは言え、かなり評価されていることからすると、裁判官の問題で再審取り消しがなされた訳ではないでしょう。

それよりも、先の裁判所の再審決定の論理が招いた再審取り消しではないでしょうか。

高裁の決定後の記者会見で袴田さんの姉は

記者会見で、袴田巌さんの姉・秀子さんは弁護団に批判を任せ、恨み言を口にしなかった。たった1つ、秀子さんが語った希望は、「現実を正しい目で捉えていただきたい。それだけお願いします」。「どっちが出ても構わないと思っていたんです。確かに残念です。でも、50年戦ってきたんです。これからも頑張ります」

袴田事件で再審開始を認めず 弁護団は「冤罪決定」と吐き捨て - ライブドアニュース 

こんな言葉が言えるでしょうか。

どっちが出てきても構わない、というのはどの道「この再審請求審も最高裁までもつれる」と思っていたのでしょうか。その覚悟は私にはもはや想像がつきません。

「50年戦ったんです。これからも頑張ります。」あまりに重い言葉です。

おわりに

いくつか関連情報を載せておきます。これから私もささやかながら追い続けます。

ご高齢の袴田さんの体調と、弁護団や支援者の心身が守られることを願います。

権力側の闇については、冤罪事件として有名な足利事件を扱っているこちらが名著of名著でしょう。

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

 

司法の闇で言えば、森炎さんの本は明け透けすぎてこちらがどぎまぎします。

司法権力の内幕 (ちくま新書)

司法権力の内幕 (ちくま新書)

 

 無罪判決を数多く出してきた木谷裁判官の著書は勉強になります。無罪を出すことの難しさを主眼に書かれた本です。読み応えがあります。 

「無罪」を見抜く――裁判官・木谷明の生き方

「無罪」を見抜く――裁判官・木谷明の生き方

 

ふう、袴田事件、授業で毎年扱っていたけど、今年はちょっと気合い入れます。

*1:具体的に言えば、裏木戸の再現実験の不確かさ、履けないズボンを犯行着衣とする検察のストーリーの無謀さ、そして何より公判中に味噌タンクから見つかった犯行着衣5点の不自然さ、いずれを取っても、袴田さんを有罪とするにたる証拠ではないと思います。