「高等教育の再創造」を本気で志す壮大な試みです。ビジネス書としてもオススメ。
宣伝色の強い装丁にやられて積読本の中から読むのを敬遠していた1冊、早く読まなかったことを後悔しました。
取っ散らかると思いますが書きたいことを書いてみます。
学生の学び を軸に
ミネルバ大学の革新性は上の装丁にあるような内容(校舎なし、講義なし、テストなし、全寮制、授業はオンライン)で、キャッチーで目を引く。
が、やっていることは全て「学生の学びを軸」とした教育に立ち返るための手段。
課題と打ち手がバッチリ噛み合い、一貫している印象です。
本書でも何度も示されるミネルバのミッション
世界のすべての才能ある学生に、これからの変化の激しい世界や未知の分野で活躍できる実践的な知恵を、適切な学費で提供すること
の実現に向けて、できる打ち手を尽くしているから、読んでいて「あ〜自校でもこんな改革したい〜〜〜」という意欲を刺激される。
このミッションが口だけじゃない、金儲けじゃない!という本気度がスゴイんですよ。こちらもムズムズしてきます。
でもそのムズムズを改革に移していくときには問題に直面します。
改革のインセンティブ
大学でなくても中等教育でも全く同じことが言える。
そして、学校は改革のインセンティブが見出しにくい組織です。
ミネルバ大学の物語読んでるのだけど、ワクワクします✨
— やっちゃえ先生@論文の春 (@Yacchaee) 2019年2月18日
•既存のトップ大学は、自分たちはもっと良いことができると知っていても、組織としてそれを実行するインセンティブはない
これとか完全に日本の中高大にも当てはまる話。高等教育、中等教育の再創造を志す学校法人がどれだけあるか?
教育が重要だ!と言いながら、心の底では「自分の子だけが良ければいい」と思っている親は多いでしょう。
そして、子供が「いい」人生をあゆみ始めれば、別にそれでいい。教育界全体は遅れているけれど、自分の子は「一抜け」したから、と。
あるいは、現状維持ですら大変なのだから新たなことはしなくていい、という教員もいる。
そういう教員は「自分の勤務校は黙っていても生徒が入ってくるから」という状況に甘んじて、「本当に良いことができる」のに面倒なことはしない。
つまり、社会としても、学校組織としても教育は改革のメカニズムがない。
学校は年度を止めることができないので、とにかく現状維持の方向にいきがちなのです。
その現状維持を打ち破るために、ミネルバの実践は示唆に溢れます。
究極のアクティブラーニング?
当ブログでも書評を書く本はだいたい学習科学に基づいた良書を選んでいるつもりです。ミネルバ大学も学習科学の知見に裏付けられた教育を行っています。
ミネルバの特徴は、「概念を使いこなす」ことを目指す点。
1年次に115項目からなる思考習慣や基礎コンセプトを使い、高度な汎用スキルを身につけようとするあり方は、「生きる力」の再定義にもがく日本の教育界が参考にできる点です。
この発想を聞くと、概念学習に力点を置く国際バカロレア(IB)と親和性が高いのも頷ける。
IBの授業を何度かみたことがあるが、例えば、フランス革命という事象から、「暴力」とは、「権力」とは、「権利」とは、そういう概念を主体的・対話的に掴んでいく授業は印象的だった。
ミネルバのオンライン授業で実現しようとしているのも、それに近いのではないだろうか、と邪推してしまう。
ただ、読むとわかるけれど、ミネルバはインターンなども積極的に行っているので(学業に支障が出るという言説を一刀両断しているのは面白かった)、
勝手なイメージだと、
- IBの概念学習
- 慶應SFCの社会との協同学習
- 講義なし・試験なし=序列化された学びからの脱却
- 全寮制でオフラインの学び
- Allオンライン授業で形成的な学び
そんな要素をうまくブレンドしている。
革新的なのは、そのブレンディッド具合がミッション以外のものに左右されず、ミッションに直線的に結びつくからだ。
教員が話せるのは10分
90分授業で教員が話せるのは「10分」。
これにより、教員は生徒ひとりひとりのコンセプト熟達度の把握と、即時フィードバックに集中できる。これは学びの個別化の発想とも繋がる。
ミネルバの手法を真似しようと思ったら、当然反転授業の発想が欠かせない。
過去にこんな記事を書いているけれど、
今はもう少し反転授業「導入」したい!と考え方が変わってきました。
年度末なので生徒と色々1年の学びを振り返っていて、そう思わされるのです。
ついに反転授業を取り入れるかもしれない。
— やっちゃえ先生@論文の春 (@Yacchaee) 2019年2月17日
なぜなら、知っているが故に反転授業してみようか」ではなく、
今の授業の問題点・改善策を考え抜いたところ、結果的に「これ反転学習のカタチじゃん…」となったから。
学びの個別化・協同化・プロジェクト化が思わぬ形で進むかも!ワクワクしますね!🤩
全寮制→オフラインの学び
実は私はここが重要だと思っているのだけれど、全寮制であるが故に、オフラインでの学びが可能になる。
例えるなら、オンラインでの学びが場内戦、オフライン(寮)での学びが場外戦でしょうか。
課題に取り組みながら、寮での対話的な学びが自然発生する、そういう学びが発生するしかけがある。で、その時間はとても楽しいのです。
私も大学時代は寮生活をしていて、本当に楽しかった。
学びに貪欲になれたのは寮生活だったからだし、そこでの多様な価値観との出会いは今やり直せと言われてももう戻れない煌めきの時でした。
組織の意思決定は?
「いいものはやろう!」というタイプの人間なので、こういう改革の書を読むとワクワクするのだけれど、一方で、組織としての意思決定はどう行っているのか気になった。
ミネルバ大学のミッションは、高等教育の再創造。
— やっちゃえ先生@論文の春 (@Yacchaee) 2019年2月18日
つまり、世界の全ての才能ある学生に、これからの変化の激しい世界や未知の分野で活躍できる実践的な知恵を、適切な学費で提供すること。
であり、その結果としての運営形態。教職員の目線合わせとか意思決定がどうなってるのか気になる…💡
大学って多くは教授会のような組織で意思決定をしていくのだけれど、組織の意思決定はどうなっているのだろう。ミネルバも、あのHigh Tech Highも、教員は1年契約だった。
教育関係者は本当に必読です。
— やっちゃえ先生@論文の春 (@Yacchaee) 2019年1月24日
去年の風越コラボで"Most Likely to Succeed"が上映されてHTHを知ったけど、唸ってしまった。
学校のリソースが豊富で「作ることで学ぶ」を体現していたのはホントに羨ましい✨140字じゃ語れない!
教員は専任ではなく1年契約でも満足気だったのも印象的。 https://t.co/laaq7ShRQn
でもまあそんなの関係ないのか。
組織のミッションがきちんと血肉化された教育者であれば、何年契約だろうと必要な人材であることに変わりはない。
おわりに
この記事自体もかなりミネルバの方向性に賛同しているけれど、それは「教育にとって本当に大切なことは何か?」という問いからミネルバが逃げていない、と思えるから。
本当に大切なことにリソースを割くこと。
色々なしがらみでそれが難しい複雑な社会に、テクノロジーを駆使して、シンプルに打ち手を用意し、実行する。その姿勢に刺激を受けました。
最後に著者がこう述べています。
ミネルバ大学で用いている思考・コミュニケーションのコンセプトを中等教育時代から意識して個人プロジェクトや学習への取り組みに反映できる人材を育成すること
これ、中等教育の教員研修とかないのかな…学びたいです。
【追記】著者の山本先生のツイートです。
こちらの本のP139-239をご参考ください。
— Hideki Yamamoto (@Amo846) 2019年2月19日
↓https://t.co/zyRiyA1In0
実は、私が書いたのは「ミネルバ大学が如何にして参入障壁が高く、実現不可能と言われていたトップエリート大学産業への参入を実現したか?」という本で、教育書ではございません。
— Hideki Yamamoto (@Amo846) 2019年2月19日
ミネルバ大学について研究されたい皆様はぜひ、本家のレシピ本をご参考くださいませ
↓https://t.co/zyRiyA1In0 pic.twitter.com/sdDN2PCBLe
ちなみに「実践的な知恵」の解説本(日本語版)は現在、誠意執筆中です
— Hideki Yamamoto (@Amo846) 2019年2月19日
オンライン・システムを使わず、本家の学習効果に近づけるかは不明ですが、今年の7月から東京理科大の公開講座やBBT大学でご紹介していく予定です。
(注:公開情報ベースのご紹介でミネルバ公認講座ではございません)