カウンセラーの授業でトロッコ問題を扱ったことで、不安を覚えた小5,6の生徒のご家庭が学校に申し出た結果、学校が謝罪した、というあのニュース。
ニュースを見た時の感想をまず貼っておきます。
「問題ない」って言い切ると嫌な感じしますね笑
— やっちゃえ先生@2つのPBL (@Yacchaee) 2019年9月29日
多感な時期の生徒にどこまで配慮するか問題はあるけれど、改善するなら内容把握の上で事前に生徒に匂わせたり、事後の振り返りで原理との結びつきを解説したり、他の問題で類似構造を示したり、不安を汲み取る意味も込めた言語活動を入れたりするかな。
学校が家庭と電話なり面談をして「配慮が足らず申し訳なかった、全力でフォローする」ということで済むケースに思えたけど、そうならなかったのは何故か?。
結論を先にいうと、
- 外部講師との連携不足
- 思考実験の使い方に問題
- 事後フォローの不足
が文書で謝罪しニュースになる、ということを招いたと思います。
そして実際に私も、高校生に倫理の授業を教え、トロッコ問題も扱う身として思うところのあるニュースでした。 参考になった意見も含め紹介します。
外部講師の難しさ
まず、普段生徒のことをある程度認識しる大人がする授業と、そうでない大人がする授業は同じことをやっても、同じようにはいかない。
色々と、予想外の 良いこと / 良くないこと が起こるのが筋です。
外部講師(といっても今回はスクールカウンセラーですが)を招くときは、平等に全クラスその授業を受けられるよう配慮したり、教室や配布物の調整、謝礼等の事務対応に加え、事前事後学習も含めると結構骨が折れます。
時間対効果 を考えて、慎重に行う学校がほとんどでしょう。
今回謝罪することになったのは、
授業は、県が今年度始めた心理教育プログラムの一環。スクールカウンセラーによる授業については資料や内容を学校側と協議して、学校側も確認してから授業するとされていたが協議、確認していなかった。
東小の折出美保子校長は「心の専門家による授業なので任せて、確認を怠った」と確認不足を認めた。
このあたりが理由なので、思考実験そのものが不適切だった、という話にはなっていない。のだけど、ネット上で見る限り、そっちに論点が流れている気がしなくもない。
思考実験そのものが「意味ない」?
という声もチラッと見たけれど、そんなことはありません。
社会科、そして公民科は「社会認識」の育成を大切にしています。
複雑な現実を「切り取っている」恣意性を意識し、その限界を自覚しつつも、できる限り、社会をありのまま受け止めようとする視座を獲得すること。
そのことが、民主社会の担い手を育てることに繋がると考えています。
その出発点として、個別具体的な状況をあえて用意し、生徒に意思決定を迫る思考実験は使い方を間違えなければ、有用な方法です。
実際に、新設科目の「公共」でも思考実験自体は「A公共の扉」で「思考実験など概念的な枠組みを用いて考察する活動」として求められています。
最終的に原理・概念と結びつけて生徒たちの考えを抽象化しつつ、様々な可能性を示唆して、人間の行いの限界を感じ取ることまで行おうと、トロッコ問題を扱うときは私も意識しています。
だから、思考実験自体が悪いわけではありません。
が、今回は使い方が…
今回の問題は、その思考実験の使い方。
授業は、選択に困ったり、不安を感じたりした場合に、周りに助けを求めることの大切さを知ってもらうのが狙い
という狙いの設定にあるんじゃないかと思います。
トロッコ問題自体は、「周りに助けを求めることの大切さ」を示す教材としては、イマイチだと思ってしまいます。
「あなた自身が、時間のない中で命に関わる意思決定をしなければいけない状況に立たされている」という思考実験の前提を無視して「周りに助けを求めましょう」といっても、「助けを求めたって人は死んでしまうじゃないか…」と子供は見抜くに決まっています。
むしろその「絵空事」を教える大人に不信感を抱くかもしれない。ましてや拠り所となる「カウンセラー」がそういうことを言ってしまったのも、不安を高める要因になってしまったのかもしれません。
「あなた」の意思決定、価値判断基準に迫る思考実験なのに、その「迫り」から逃れるようなことを狙いにしていては、本末転倒だと思ってしまいました。
事後のフォローアップ
今述べた使い方の問題が決定的だと思うので、これは補足的になりますが、学校のフォロー体制も弱かったのかもしれません。
300人の児童生徒を前にした授業で、事後アンケート等はなかったのか、そこで具体的なフォローを必要としそうな生徒の目星をつけられなかったか、などなど色々なことを思います。
私自身は、倫理という科目内でこの思考実験を扱うので、300人以上の(あまり面識のない)小中学生たちを前に、道徳的なジレンマを扱うのはためらうかもしれません。
ともかく、
学校と外部の連携があり、目的にあった使い方をして、学校内での事前・事後のフォローができれば
約40年前に登場した「トロッコ問題」は、大ごとにはなっていなかったはずです。
とはいえ、、、
一人の不安に向き合うのも教員
ここまで、不安を抱えた生徒・ご家庭のことを考慮せず話をしてきましたが、一人の不安に向き合い、支援するのも教員の役目ということを否定したくはありません。
例えば、最近家族を交通事故で亡くした生徒がいる、とか、飛び出してきた子供を親が轢いてしまった生徒がいる、という状況で、このトロッコ問題を何事もなく扱っていたら、それは現場感覚だと「配慮が足りない」となってしまうと思う。
現実的に、全ての生徒の家庭の状況を細かく把握するのは難しい(し、教育という名でそういうプライベートにズケズケと介入していくことに教育者は慎重であるべき←と思っている自分は「私立高校」勤務だからそんなことが言えるのかもしれないが、)けれど、できうる限りの「配慮」をする必要があるのが教員、そして義務教育の使命かもしれません。
興味深かったツイート
①Netflixのドラマだそうです。リアルだけれど、クラス単位の授業で使うのは個人的には少しためらうかな。生徒の状況を把握しきれていない状況で、一斉授業の場でセンシティブなこの映像を視聴「させなければならない」とは思えないから…
トロッコ問題を現実にしてみたドラマ
— 猫叉ベンゼン (@Xylene_X) 2019年9月29日
微グロ注意#トロッコ問題 pic.twitter.com/l56BPaBwM9
②知識があれば「脱線させる」という選択肢が浮かぶのは、知識は身を助ける一つの例かもしれないね。
今話題のトロッコ問題ですが、ポイントを“中立”の状態にすればトロッコはすぐ脱線して止まり、全ての作業員を助ける事が出来ます!#トロッコ問題 pic.twitter.com/QcVv05JK2v
— ナローの泉(鉄道) (@hornby32mm) April 14, 2019
③これは盲点だった。だからこそ、この思考実験を何のために使うのか、を感が抜かないといけない。安易に使って「不安になった方が悪い」とは言い(たくても言い)難いよな…
トロッコ問題もそうだけど、「思考実験を何の不安もなく行えるのはどういう人か」というのはもっと考えられてもいいと思う。このことは最近の自分のテーマである哲学のマジョリティ性や加害性にも関連する。
— Kazunori Yamamoto (@sangpong25) 2019年9月29日
④生徒にも伝えている視点の1つ。倫理観のない“エリート”になってはいけないし、いつだって私たちは線路上に縛られたり、太っていて橋の上から落とされるかもしれない。
トロッコ問題の面白いところは、ハーバードや東大のエリート連中はトロッコの転轍機を切り替えるかどうかまじめに悩んでいて、実社会でもあらゆるところでトロッコの行き先を替えてる。それに対して、トロッコ問題で大喜利を始めるうちらは、現実世界ではトロッコが向かってくる線路の上にいるとこよね
— つゆぴ (@tsuyup) 2019年9月30日
⑤岩手県知事の達増さん。思考実験が有用なのはそういうところ。最後の一文はブラックジョークだよね。笑
トロッコ問題。それは、効率主義、平等原則、共同体重視、など、どんな基準も万能ではなく、人間が全知全能ではないということを実感させる、良い意味でのトリック。自分が問われた場合には、「仮定の質問にはお答えできません」を発動したいところです。
— 達増拓也 TASSO 幸福を守り育てる希望郷いわて (@tassotakuya) 2019年9月30日
おわりに
生徒がトロッコ問題に触れるときは、オープンなディスカッションで全体の意見を混ぜつつ、カントの動機説と功利主義の結果説にひもづけながら解説します。
そして、この「実験」が現実になってくる可能性としてAIの自動運転車の話をしながら、このサイトに案内し、生徒のスマホで実際に価値判断をしてもらいます。
こうしたチェックテストのビッグデータも元にして、自動運転AIのアルゴリズムが決められていくとしたら…。そ
その後のディスカッションはさらに白熱し、大福帳の記述量も非常に多くなります。是非みなさんもやってみてください。
最後は「思考実験」関連の本を。サンデルは今倫理の教科書に載る存在です。
これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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