政経編につづき、今回は倫理編。この2科目は共通テストで傾向の差がはっきり出ている科目です。最初にそのことを確認しましょう。
政経と倫理の出題の違いは?
共通テスト2022「政経」の分析を踏まえ、教員としては、
- 「具体的なシチュエーション」の重要性
- 「コアとなる概念知識」の確実な習得の必要性
に意識を置いて日々の授業づくりが求められそうなことを強調しました。一言で言えば、「センター試験との決別」を感じさせる政経だったわけです。
しかし、倫理はどちらかというと、「センター試験からそんなに変える必要ないよ、元々そういう出題だから」という声が聞こえてきそうな出題です。
確かに形式的な出題変更はありますが、総じてセンター試験時代から継承される出題パターンを踏襲しています。
「公共」の影響は大きい
2022年4月から18歳成人になるタイミングでもありますが、これと合わせる形で導入される「公共」の影響は無視できません。
つまり、実生活との直接的な関連を意識させる「公共」の影響が強く「政経」の出題形式に反映されているのに対し、ある意味で普遍的な価値に力点を置く「倫理」の出題形式には大きな変更がない、という認識をもっています。
とはいえ、受験生目線で感じる特徴:
- 高校生の学習活動など身近な状況を題材にする形式
- 読解力ベースで文章量が多い
- 初見の図表も慌てず丁寧に読み解く
- 思考力よりも揺るぎない基礎知識が重要
- 時事的要素に配慮したインプットの工夫を
は政経も倫理も共通です。これらの総論を踏まえ、受験生目線と教員目線を交えて、以下「倫理」における興味深い出題に触れていきます。問題は毎日新聞から。
- 政経と倫理の出題の違いは?
- 「公共」の影響は大きい
- 今年の倫理の「設問1」は…
- センター試験に回帰してる?
- 政経との明確な違い
- また同じパターン
- 倫理らしい出題!
- ちなみに去年の図版問題
- 具体例を選べるか
- 倫理では必ず○○の人物が出る
- 良い資料文に出会う
- 再び拍子抜け
- 出題にキレがない…
- 「自分を振り返る」とはどういうことか?
- テーマ:未来世代への責任
- 2年連続、ヨナス!
- レオポルドは難しい
- 気候変動も出題
- なぜ盗んではいけないか?
- 未来への責任のフィナーレ
- まとめ
- 倫理という科目の特性
今年の倫理の「設問1」は…
易しめでした!リード文も短く平易で、政経の設問1とは大違いです。
易しいのは正解以外はすべて典型的な誤答だからですね。①は典型的な「教える」ソクラテスという誤文、③は真逆、④のブッダは身分ではなく行いを大事にしています。というか、こんなブッダは嫌だ…!
ということで、久々に易しい設問1を見ました。これなら安心して受験生も問題に入っていけます。
ちなみに設問2の正誤判定も比較的易しく、唯一迷う墨子の思想は初見の受験生が多くても「いくら兼愛といっても墨子はこんなこと言わないでしょ」と推論できそう。
センター試験に回帰してる?
第一問(大問1)の前半はこんな感じで特に資料の読み寄りや手間のかかる処理もなく、粛々と選択肢を切っていく出題が続きました。政経とは大きな違いです。
途中で私は「あれ、これセンター試験の過去問?」という感覚になりました。
第一問の後半で、読み取り重視の問題が登場してもこんな感じです。
どちらかといえばbの知識問題とaの読み取り問題をそのままくっつけた感じで、政経ほど手間がかかり、読み込まなければいけないわけでもなく、今年の平均点も高くなりそう、という印象。
政経との明確な違い
続く設問6の形式も、読み取りに見せかけた知識問題です。
政経は、1問の中に読み取りと知識を同時に働かせて手順を踏まないと正解にたどり着けない問題が多かった印象の反面、倫理は一見そう見えても、結局はバラバラに出されている感じ。明確な違いを感じます。
むしろ、この問題は仮に③を知識で選べなくても、読み取り「だけ」でほかの選択肢に絞り込みをかけられる点で易しさだけがUPしているような気がします。
表層的な対話文を入れただけでかえって問題の質は下がった気すらしますね。じゃあどうしろ、と言われても難しいのですが、政経との差が顕著。
また同じパターン
また知識と読み取りをそのままくっつけた形式、うーん。
aでは長い読み取りも不要だし、bでは「身体を苦しめる」なんて言ってるわけないので、aで仮に迷っても①か③に絞れる点で、あまり良い出題とは思えません。
これなら知識だけをしっかり聞いた方が良いとすら思ったり…どうしたんだ共通テスト倫理…大問1は総じてちょっとがっかりです。
気を取り直して第二問(大問2)へ!
倫理らしい出題!
この1ページすべてを図で埋める出題形式は2年前のプレテストから明確に倫理で導入された形式です。そしてこれは普遍的な価値に力点を置く倫理らしい出題。かつ、対話文の発問もリアルで良いですね。
倫理は特に共通点と相違点に焦点を当てると面白さが際立ちます。図版の使い方もいいですよね。政経と違って「授業づくりのヒントになるような出題」が少ないように感じていたけど、これは使えそうです。
ただ、明恵の華厳宗を直接選ぶのはかなり難易度が高いので消去法になるでしょう。これは落とした受験生も多そう。
ちなみに去年の図版問題
問題自体は難しくないですが、こういう授業を高校でやるときは真ん中の「感じた疑問」を「質問づくり」でじっくりやりたいですよね。
高校生になると面白がることを忘れてしまう、んじゃなくて、学校がそうさせていないか、問い直さないと。
具体例を選べるか
これも差が付きそうな問題です。やっぱり倫理は「日本思想」分野で差が付きますね。
真心の定義って意外と抜けてたりするので、③は拍子抜けする人もいるでしょう。倫理特有の道徳的判断で正解できそうでできない問題。
倫理では必ず○○の人物が出る
安部磯雄はかなり難しいです。
ただ倫理では必ず、初見の人物が出ます。3人くらいは出ると思っていた方が精神衛生上楽、と授業では伝えていますが、そういう場合は必ず消去法で解けるので大丈夫。
とはいっても、イの「内部生命」で北村透谷を選ぶ点は知識が必要。それができればアの「キリスト教的人道主義」は石川啄木ではない、と判断できるはずです。
良い資料文に出会う
教員目線で倫理の問題を見ているとき、いい資料文に出会えることを楽しみにしていたりするのだけれど、これもいいですね。
第二問(大問2)は理想と現実がテーマでした。私はプラトンとアリストテレスの所で毎年軽く哲学対話をしています。春先のまだ倫理に慣れていない時でも対話が進みやすいトピックで重宝していますが、その時にも参照したい文章。
ちなみに対話はこの本がとっても有用です。日本の哲学対話ブームの先駆となった訳本と勝手に思っています。
ここまでで全体の半分、やはり倫理は第二問で差が付きそうな問題がいくつかありました。さて後半戦、第三問(大問3)の西洋思想へ。
再び拍子抜け
第三問は前半4つとも、オーソドックスに思想を単発で尋ねる問題で、ちょっと残念です。ピコ・デラ・ミランドラ、デカルト、ヒューム、ロック、いずれも基礎的な易しい問題。
リード文は面白そうな題材なんだけどなあ…
歴史学の研究で、「魔女狩りに関わった人々が自らを間違っていると考えることはなかったのか」とか問いを立てたら面白そう、とか思ったりしたけど、今回の共通テスト倫理ではこの題材はあまりうまく生かされませんでした。
出題にキレがない…
期待した西洋思想の出題も、新傾向かそうでないかに関わらず、なんとなくイマイチな感じが続きます。ヤスパースの思想を聞くこの問題もその1つ。
①は例示されている「死」を「克服」することは論理的にはできない以上、その方略が示されていない点でヤスパースを知らなくても外せる選択肢に思えます。②はヤスパース=キルケゴールに影響を受けた有神論的実存主義者、とわかっていれば即外せます。
となると、③か④で迷うのだけど、「理性に拠らない愛しながらの戦い」って、「考えるな!感じろ!」みたいな話かと思うと、西洋思想の系譜でそんな人はいませんよね…。
こんな感じで思想に対する理解が浅くても、ぼんやり理解していれば③になっていく。こういう肢は定期試験でも避けたい内容でちょっと残念です。
ただ同時に、ほかの哲学者でダミー選択肢を作らず、1人の哲学者だけで、その思想を微妙な修正を加えて誤答を作るのって結構大変なので、④の文章は作り手の悩ましさを示している気がして、共感を覚えるのも事実でした。
「自分を振り返る」とはどういうことか?
これは生徒にも示したい文章でした。
問題としてどうか、と言われたら前半に見られた、知識+読み取りの単純合体問題ですが、文章はいいですよね。探究学習の振り返りの重要性を示す際に使いたい。
最後の第四問(大問4)へ。
テーマ:未来世代への責任
とても高校生目線で、学びにつながりやすい問題設定だと感じました。リード文はこんな感じ。
実際に生徒と対話していると、本当にこういう議論をするし、この議論をどこに帰着させるか、というのはとても難しいです。
オープンエンドで終わってもよいのだけど、たいていそういう場合は「オープンエンド」という言葉だけが心地よく響き、生徒には何も残りません。
ただ、今回の第四問は最後にその帰着のさせ方の一例が示された気がします。
2年連続、ヨナス!
まず最初の問題でヨナスが出たことに驚きました。去年もハンス・ヨナスは出題されていたからです。ちなみにこれが去年のヨナスの選択肢。
これに続く形で今年の問題。
文章の最後の3行の落とし方が個人的にはいいなと感じます。
構造的な世界の格差に着目させて、判断する機会を持てない人々がいるという現在の問題と地続きであることを示すことで、未来世代を現在と切り離して考えがちな生徒の思考に待ったをかけています。うまい落としどころです。
※ちなみに、去年も紹介したこちらのインタビューは面白かった。初心者向けではありませんが…
レオポルドは難しい
安部磯雄に引き続き、これは初見の生徒もいたんじゃないかと思うアルド=レオポルド。環境問題を絡めた出題がここ数年増えているので対策していたらお見事です。
解き方としては、アがメルロ=ポンティであることを押さえられれば、パースとの二択で「パースがプラグマティズム以外の文脈でこんなこと言ってたっけ」と違和感を持てれば消去法で④と選べるかな。
ちなみにアルド=レオポルドって自分で実際に森に入っていってハンターしてたんですよね。だけど、実際に狩りをして分かった自然の相互依存システムの重要性を「土地倫理」というキーワードに込めて有名になったはず。
ラスキン、シンガー、シーア=コルボーンといった環境倫理や動物倫理関連の思想家を来年に向けてもおさえておいた方が良さそうに思えました。
気候変動も出題
具体的な出題です。X≒他者危害原則、とは明示されていないけれど、気候変動に関連して事例を選ばせる問題。
普通の問題にも思えますが、ア・イとウの線引きを認識できるか、は重要ですね。倫理は「どこまでが善くてどこからが善いとは言えないか」の線引きを生徒がとらえることが重要です。
その意味で、「善さ」の判断基準を理解して、具体例を適切に選べることは思考として非常に大切。
なぜ盗んではいけないか?
次の問題も、「善さ」の基準を(変化に注目して)考える出題です。
面白いですね。実際はレベル1~3の融合のような気もしますが、こういう分類自体はとても興味深いです。①④で迷うかもしれませんが、①は「普遍的な道理に逆らう」という判断を慣習のレベルにいる2で行うことは難しいとわかれば④です。
未来への責任のフィナーレ
善さの基準を考えた後、大問4はこんな落とし込み方をしてきました。
実際の生徒の態度変容もこんな感じで起こったりするし、そのアプローチにSFミステリーを持ってくるのは授業のヒントにもなりますね。オーウェルの『1984』や『動物農場』が有名ですが、この小説も面白そうです。
まとめ
ということで一通り見てきましたが、昨年同様、読解力があれば易しい問題が続き、単なるキーワードと人物の暗記問題は減っています。
ただ、政経は知識と読み取りを重ねながら正解にたどり着く問題が多かったのに対して、倫理は知識+読み取りの単純合体問題がやや多く、違いを感じます。
「センター試験からの決別」を感じさせた政経に対し、倫理は、どっちつかずというか、知識一発という意味でセンター寄りの問題もあれば、後半は授業づくりのヒントにつながる出題もありました。
ただ、「倫理≒現代文」と揶揄されるように、読解力だけで突破できる問題もあり、旧来のセンター試験の課題を乗り越えられていない面も見受けました。
が、これは言うは易しで、行うはかなり難しいでしょうね…曖昧なものは避けなければならない、でも確実に違う、という選択肢をつくるのは至難です。
また、政経とは異なり、倫理で、時間のかかる資料問題や、時事問題が増加した感覚もそこまでありません。
倫理という科目の特性
現代思想の出題に幅はあり、難しい年はもっとマイナーな思想家が出てくるとは思いますが、科目の特性もあるのか、じっくりじんわり変化が見えてくるのだと思います。
いずれにせよ教員目線では、見方・考え方を働かせた、深い理解を実現する授業を追求するという点では、決して今後も対策は変わらないでしょう。
政経が公共に接近しているので、むしろ倫理はその意義がより問われる気がします(といってもほとんどの学校で選択科目になっちゃうけど・・・)
例えば、センター試験の良かった点として、実際の授業の哲学対話にも使えそうな良質なリード文がありました。
センター2020倫理を解いてますが、今年のリード文は4つとも哲学対話のイントロで使えそう+ストーリーにもなる笑
— やっちゃえ|Blended Learning (@Yacchaee) 2020年1月18日
大問1で現代の課題を見つめつつ友の大切さを悟り、大問2で旅に出る。旅に出ると「伝統とは、国とは」という問いに大問3が応え、大問4で受験生を労ってる(なお受験生は読まない)。 pic.twitter.com/hsz4gFIcbc
こういうものが共通テストで減ってしまったのは個人的に残念です。
とはいえ、使う知識の幅や、哲学的な思考の意義は変わりませんので、その特性を立たせた授業実践をし続けていきたいです。