やっちゃえ先生探究記

生徒の力が引き出される「学習者中心の学び」をデザインしたい教員です。地道な形成的評価を大切に。

どんな感情も「すっと抑えられる」相談の乗り方とは?〜解決策を考えてしまうあなたに〜

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職業柄、いろいろな相談にのります。

この時期であれば、中学生は生活(人間関係・部活動・来年度のクラスetc)のこと、高校生であれば、特に高3のセンター試験後の受験校選定(を余儀なくされた生徒)の相談が増えてきます。

また、家庭との連携もあるため、家庭の事情による相談もイレギュラーで舞い込みます。

 

◯やってしまいがちな失敗

私なんかは本当によくやってしまうのですが、

相手の相談内容から、ついつい

「どうすれば現状をよりよくできるか」という改善策・解決策ばかり考えてしまいます。

特に、思春期の女子の相談にこれをやってしまうと、次から相談にこなくなりますね汗

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なぜ相談にこなくなるかというと、きっと「なぜ」を連発して相手を追い込んでいるような気持ちにさせてしまうから。

誰かが相談(っぽい)話をしてきたときに、「なぜ」「どうして」という言葉をよく使っていませんか…?

往々にして、相手が求めているのは、そういうことではありません。

(そういうことを求めている場合は、きっと「アドバイスください」とか「なんとかしたいんです」と言ってくるでしょう)

 

◯特に感情的な相談の場合に使える方法

ズバリ結論を言いますが、

相手より高まること。

これにつきます。

もう少し言葉を補足すると、

相手の持っている(負の)気持ちに共感し、

(相手が表現してきた気持ち以上に)その感情を自分も表現してみるのです。 

 

例えば、上司の対応にいらだっている同僚がその愚痴をこぼしたor相談にきたとしましょう。あなたなら、このセリフのあと、何と返しますか?

 

同僚「いや〜ホントに勘弁してほしいよ!」

自分「え、どうしたの?」

同僚「実はさ、云々かんぬん云々かんぬんでさ、本当にむかついちゃったよ!あり得ないよね!」

・・・

 

最近、「これは使えるな」と思っている私の返し方は、

自分「いや〜それはむかつくね。だって、云々かんぬん云々かんぬんだったんでしょ?いや、こっちもなんかムカついてきたわ!」

 

というような感じです(笑)

前半で、「おうむ返し」して、

後半で、「相手より感情移入」です。

そうすると、相手は、「わかってくれた」+「なんか自分より移入してくれてる、気持ちが落ち着いてきたかも・・・」となるんです。不思議なことに。

 

人間って、自分より感情を表面化させている人をみると、冷めたりしますよね。

満員電車で怒鳴っている人をみると、ちょっとイヤだなって思っていた満員電車の状況も、「ま、我慢できるか」ってなりませんか?

 

相手より高まる、おすすめです。

担任として生徒に嫌われることよりつらいこと

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前回の記事で、教育困難校の現場で奮闘される先生の声を紹介しました。

コメント欄には、「異動先は基本は選べないですからね」という現役の先生からのコメントも。

yacchaesensei.hatenablog.com

これは記事中で言及できなかった公立と私立の大きな違いでした。ありがとうございました。

つまり、誤解を恐れずに言えば、私立は「生徒の学力レベル」や「教育理念」などを選ぶことが出来る、ということ。(もちろんその分、専任の求人が少なく、採用されるまで大変ですが)公立はその選択権が教員にありません

民間企業とも、私立学校とも、これは大きく異なります。

例えば、就活。同じ「商社」でも社風が違い、自分の行きたい「商社」を就活では選ぶことが出来るのに、「公立学校」は選ぶことが出来ません。

言うなれば、「商社だったら、どこでも文句言わずにやってくれるってことだよね?」という状態でしょうか。(言い過ぎ?)

 

それに加えて、部活動顧問が乗っかってくる。

さらに、本業の教科教育でも、紹介した先生のダイアリーのような辛い状態であれば、これは相当にしんどいことが想像頂けるでしょう。

 

◯生徒に嫌われること

そんな状況で、さらなるストレスとなるのが、生徒との人間関係のこじれ。

その結果、生徒が自ら命を絶ってしまう、こともあるのはご承知の通りです。

生徒が自死を選ぶことは、何があっても防がねばならない、ことは言うまでもありません。教員は生徒に信頼される存在となれるよう努力しなければいけない。

一方で、生徒指導の過程で、生徒が教員を嫌いになることは往々にしてあり得ます。(もちろん教員側に明らかな「非」がある場合は別です!)

特に、「好かれよう」と思っていたら、教員という仕事は厳しい

目的のためには、自分から「必要悪」的な存在にならねばならないこともあります。

また、教員側の意図とはまるで別の所で、生徒からわけもわからず嫌われたり(逆もあるのだが)、挨拶しても無視されたり、そんな理不尽はつきものです。

したがって、「生徒に嫌われること」に汲々としていてはいけないと感じています。

それよりもつらいことがあるのです。

 

◯それよりもつらいこと

ずばり、保護者が子どもと同じ見方をして、教員を評価することです。

これはしんどい。特に、思春期の生徒を相手にしているときはしんどいですね。同僚の後輩が今非常に苦労していますが、私にもよいアドバイスができません。

 

まだまだ自我が発達していないと、他者への印象論で話が膨らみ、そこに同調しなければ自分が仲間外れにされるという恐れを強く抱きます(嗚呼、日本社会…)

つまり、感情の共有によって(思春期の)人間関係はつながりを保ちます

(それをつながりと呼ばないんだ、という共通認識を持てるのは、一人一人の発達段階により異なるため、もう少し先の話)

 この「感情の共有」の対象が、教員になることがあります。

それ自体を教員が理屈で否定しかかってしまうと、これまた話がこじれる。

だから、ある程度の思春期・反抗期の振る舞いは、自分(教員)にとって腹立たしいことだとしても、時間が経つのを待つことも多いのです。気にせず、見返りを求めない愛情を注ぐことが求められます。(理屈のない反抗に対しては、理屈で押してもぬかに釘どころか、自体を悪化させかねません)

 

それをよそに、保護者が教員に対して子どもと同じ見方をし、

「教員に否定的な言動をとること」(コレは仕方ないが)

「あらぬ疑いをかけられること」

「生徒(子供)のいうことを鵜呑みにしそのまま信じられること」

が続くと、厳しいですね。

担任と保護者の信頼関係が崩れると、子どもは担任を信用しなくなります。

大人Aが、別の大人Bを信頼していないと、子どもは大人Bを信頼しません。

 

私は親ではないので、分かりません。でも、親の影響というのはやはり大きいのです。

親が良き「教育の理解者」であってほしい、と願う前に、親と信頼関係を築く時間ややり方を勉強せねばならない、と感じた月曜日でした。

教育困難校で働いている先生方がつぶれないためには?〜先生のダイアリーを読んで〜

anond.hatelabo.jp

今日は書こうと思っていた内容があったのですが、こちらのダイアリーが目に留まり、同じ教員として書かずにはいられなくなりました。

はじめにスタンスを明確にしますが、私は教育困難校で生徒に真摯に向き合い、働いている先生方を尊敬します。本当にすごい。私にはできない!と思ってしまいます。

 

教育困難校の実態に愕然とした

私が勤めているのは首都圏・私立中高一貫校・中堅校。

対してこのダイアリーの先生は地域は不明・公立高校・教育困難校

色々な違いはあるでしょうが、学校による違いも考慮せねばならないので、比較による相対化はあまり意味がないでしょう。

それよりもこの先生の声に耳を傾けなければいけないと思わされます。

実態が赤裸裸に語られていますので、是非読んでみて頂きたいです。

 

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逐一引用はしません。その方が、文章からにじみ出る苦労と、叫びと、いろいろなものをそのまま感じられると思うからです。ただ、最後の文章だけ。

全国、いろんなところにあるらしい教育困難校先生

しんどいですよね。

私は今日は久しぶりに8時に帰れました。

試験期間に入ったからです。

これから1週間で試験を全部で4つ作ります

国語なので、採点も大変です。

しんどいです。

私はもう次年度いっぱいで辞めようと思っています

転勤も、研究発表とかに時間を費やしている器用な人ばかり優遇されて、嫌になったし。

あなた大丈夫ですか。

自分を保ててますか。

 

◯週何時間働いているのだろう。。 

まず、この先生は週何時間勤務されておられるのでしょうか…

こうやって平日の夜にブログを書ける時間と気力が何とかある私ですら、週60時間勤務は平気で超えています。朝は7時半にはデスクにいます。8時からは怒濤です。

それにもかかわらず、こちらの先生は、

月に3・4日しか休めず、猛烈なストレスのかかる環境の中で、「久しぶりに8時に帰れました」とは…もう本当にすごいと思ってしまいます。

こういう仕事をしている人間をもっと大切にする社会にならなければいけないのではないだろうか、地域で支えられないのだろうか、と思ってしまう。

溜めのない状態では、この先生が心配です。

そもそも教員がどれだけ働いているのかは、こちらをご覧下さい。ヤバいです。

www.huffingtonpost.jp

 

◯試験を4つ作るのは、しんどすぎる!!

これは同じ教員だからこそ分かることですが、定期試験を同時に4つは本当にしんどいです。。。。

そもそも、1人の教員が3種類以上の科目を担当する時点で相当しんどいです。

例えば、同じ週15コマの授業担当だとしましょう。しかしながら、内実をみると全く業務負荷が異なることがあります。

① 科目A (3コマ3クラス)+ 科目B(2コマ3クラス)

② 科目A (3コマ2クラス)+ 科目B(2コマ2クラス)

+ 科目C(3コマ1クラス)+ 科目D(2コマ1クラス)

どちらが準備や試験作成、担当教員間のすり合せ等含めて大変かは一目瞭然でしょう。

②では教員がつぶれます。

少なくとも、1コマ1コマ、もっと言うなれば5分・10分単位での「学びの設計」はできません。

でも、ダイアリーの先生はきっと、この②のような状況でしょうか。クラス数が少なく、担当者が1人であれば、1人で4種類の試験作成が必要になるでしょう。

とにかく、進学校であろうと、教育困難校であろうと、これは相当負荷が高いです。

 

◯困難校こそ「学びの設計」が必要なのではないか

教えるだけの教員は、もう技術革新によって不要になる未来が見えています。(少なくとも私はそれくらいの危機感をもっています)

であれば、

教員として何が大切かというと、「場」の価値を最大化すること。

つまり、「場」における学びの設計ができること。だと考えます。

この「学びの設計」(授業時間を分単位・生徒単位でオーガナイズすること)には、準備が必要です。

生徒の学びに対する意欲が低いであろう困難校こそ、この視点が必要なのに、全く出来る環境ではないことが伝わってきました。

これは、先生のせいでしょうか?

 

◯おわりに

私は私で、思春期反抗期の生徒に手を焼いていますが、この先生の比ではありません。こちらの学びの設計に応えてくれる中学生と高校生がいる。

これは私の考えですが、ただただ、私はラッキーだと思います。

ラッキーな環境に運良く置かれた人間こそ、

その分、猛烈に努力しなければなりません

それだけの社会的責任があると大げさに言えば思っています。

それだけ、価値のある、重くて、でもこの上ない仕事だと信じ、明日も頑張ります。

公立or私立?この「中学受験体験記」は必見!

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首都圏の中学入試が終了し、ようやく学校も一段落。ここからは、入学してくれることを願いつつ、入学書類提出期日を待つことになります。

それまでは約1週間あるので、祈ることしかできない、が基本ですが、例外が1つだけ。「(他の学校と迷っているので)学校内を見学させて下さい!」という申し出に真摯に対応することです。

1人の人生の6年間を左右する(中高一貫校なので)ので、本当に熟考してほしいと思います。

そんな今日、smartnewsでこちらの記事を読み、思うことがいくつかあったので、記事を書いてみようと思うに至りました。

anond.hatelabo.jp

 

◯とっても理解あるお父さん!

総じて思った感想は、いいお父さん!です。(評価するつもりはないのですが)

①お子さんに熱い志望校選定プレゼンを行うなど、子どもに想いを効果的に伝えていながら、おしつけはせずに本人が意思決定の中心にいることを本人が認識できるような働きかけをされていること。言葉だけではなく、行動が伴われているのが素敵です。

同時に、

②お母さんとの役割分担・バランスに配慮されていること。

がとっても素敵だと思いました。この2つは入学してからも超!大事です。

①がなければ強い意志も生じにくく人任せ的な態度が表面化してきそうですし、

②がなければ子どもの逃げ場がなくなってしまうからです。

こんな保護者の方であれば、入学後も学校とご家庭と協力してお子さんのために力を合わせられそう!!と担任を持つ身として素直に思いました。

時系列に、心情の変化と実際の行動をまとめられている読みやすい記事の中で、印象に残った言葉があります。

 

◯公立か、私立か。

そのまま引用させて頂きます。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

私自身、公立の中高で育ち、そこそこ満足していたので公立派なのですが、現在私立中高に勤務しています。つまり、「公立」と「私立」の両者の経験があるため、その視点から思うことがありました。

 

◯公立と私立の教員組織の違い

私は教育実習を公立中で行いました。そこで最も「むむむ」と思ったのは、

新しい意見なんて一つも求められていないじゃないか!!!ということ。

例えば、多くの公立中の会議は、正直言って会議ではなくて伝達です。

極端に言えば、新しい意見や取り組みのアイディアなど、求められていないのです。(切ない)

偏差値が高かったり、特色ある取り組みがあったりすると、独自の取り組みを行う予算を都道府県や国から与えられているので、多少新しい企画があったりします。

が、まあそれも予算がつくということは使途を明確にするものなので、基本的には「上」が「上の上」とやりとりをして決めていく世界

現場で生活指導+進路指導ができる先生がやっぱり大事なのです。

公立か,私立か、となったとき、ここは大きな違いだと思います。

 

「自由と多様性」の原理に成り立つのが私立校

 

一方で、私立に勤務する教員として、こういうコメントはとても嬉しい(自分の所でないにしても、「自由と多様性」の原理に成り立つのが私立校だから)です。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

理念にもとづいて、本当に信念をもってやっています。(多くの教員は!)

新しい企画も、取り組みもできる土壌が私立にはあります。(多くの学校は!)

すべてとはいえないのが虚しい所ですが、私はやりたい放題やって、少しずつ認められて浸透している企画などがあります。学校外から評価して頂いている企画もあったりするのは冥利に尽きます。これぞ私立教員組織の素晴らしさです。

 

と同時に、このお父さんの言葉を読んで、

校長の話は割り引いて聞いて下さいね…とも思ったりします・・・

 

◯校長の話

もちろん、話が響くに越したことはないのですが、やはり営業トーク的な要素があることは否めません。むしろ、私が親だったら、普通の先生に「ここの校長先生ってどんな方ですか?」とか「校長先生がどういう学校にしたいと思われていると思いますか?」って聞きます(笑)

理由は、教員組織の同僚性(上下関係が少なく、校長ですら「同輩中の首席」と呼ばれる)がいかされているか、の本音が透けて見えるから、です。

複数の先生に聞けば、その返答次第で、校長先生が信頼されているか、リーダーシップがどれくらいあるか、が分かります。

あと、生徒数が減っていたら「これって何で減っちゃってるんですかね?」とか「それって今後どうしていく、とかあるんですか?」なんて聞いてみると、エグすぎるでしょうか。(私はこういうことを聞かれると熱く会話してしまいます笑)

 

 

とまあ色々と書いたのですが、

このお父さんが非常に学校を理解している親であり、

そのお父さんの言葉の精度と信憑性がかなり高い

(学校現場からみても、「よく理解されているお父さんだなあ」と思うであろうお父さん像)ので、

そのまま読んでもらった方が早いし、学びになる!

と思いました。(言葉足らずですみません)

熱くなって文量が増えてしまいました。もちろん、私は公立反対派ではありません。ということだけは添えておきます。

 

yacchaesensei.hatenablog.com

 

おとり物件かどうか確実に判断できる方法を教わった!

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不動産屋さんから学んだシリーズ第2弾!第1弾は「プロ」としての矜持を感じさせるエピソードでした。(異業種交流はやっぱり面白い) 

yacchaesensei.hatenablog.com

ちなみに、今日も物件の選択と絞り込み、申込手続きを進めてきました。

教員という業務上、様々なことを日曜日に進めないといけないので、こちらも必死です。

5分差で物件契約を逃す…

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中学入試本番!私立中で1年間にかかる教育費はいくら?

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今年度の中学入試がほぼ一斉に始まったでしょうか。学校側もこの日のために広報活動・作問・その他諸々の活動をし続けて、さあ本番!という緊張感でいっぱいです。

人生初めての受験を中学受験で迎える保護者の方々の緊張も伝わってきます。

何とか受験生がベストを発揮できるような環境づくりをするくらいしかできないのですが、頑張ってもらいたいですね。

と同時に、入試は「今目の前にいる受験生・保護者の頑張りと期待に応えるだけの教育活動が展開できているのか?」と自問自答できる機会でもあります。

 

◯私立中学に通わせるためにはいくら必要?

学校によってもちろん学費が異なりますが、それをまとめている分かりやすい記事がありましたので紹介します。

データで見る子どもを私立中学に進学させる親の年収ライン | 受験ボックス

このサイトが文科省の統計から算出した私立中の1年間の学費は

1,338,623円!!

ちょっとびっくりでした。こんなにとは思っていませんでした。私立大学の年間学費に匹敵します。いやむしろ、子どもがアルバイトできず、加えて塾などの学費が含まれるとなれば、中学時代の1年間133万円は、家計により大きな負担感があるはずです。

教育費には施設費・PTA会費・制服代・クラブ活動代・課外活動費用(修学旅行など)が含まれるからこれだけの金額になる、と言われればそうなのですが。。

私自身広報を担当しているので、他校の説明会ブースをみていても確かに最近の私立中学の修学旅行はほとんどが海外ですね。それも、ホームステイで1週間くらい行かせたりする。そうなると、数十万円程度はかかってきます。大きいですね。

 

◯公立中学だと・・・

これが公立中学になると、481,841円です。

その差は約3倍。

公立中3年間の学費を、私立中1年間で必要としているわけです。

教育の難しい所は、「私立中の1年は公立よりも3倍程度濃密なコンテンツ満載の1年である」と言い切れない所

中学の3年間はゴリゴリの教科指導というより、教科や行事を通して生活指導することが多かったり、人格の形成を手助けするような時間です。

このように、教育の成果は数字で図れない、とは言いますが、

だからといって3倍のお金を払っている保護者の期待・生徒自身のやる気に応えないというのはこれは絶対にいけない。だから、学校はもっと必死にならないといけないと思うのです。

といっても、大体学校という組織は、管理職と若手が必死で、中間層がのほほんとしている、のがオチなんですが、それじゃあいけない。

 

奨学金があるじゃないか!!とは言え…

こういう議論になると、必ず奨学金の話が出ます。「所得の低い家庭には補助が出る、だから公立より3倍数字では負担だが、実態は違う」という主張です。一理あります。

が、今は教育産業が溢れている時代。

結局は、親の所得って子どもの学びに直結するのです

入試の仕組みも、「自分の子どもが他の子どもよりも「優秀」であればよい」という原理の元に成り立っています。

だから、所得の高い保護者は子どもを習い事や塾に通わせて、学校外での教育費支出を増やすでしょう。

奨学金がどれだけ教育の機会格差を縮めているか?

・学校外での教育費支出が子どもの学歴にどう影響しているか?

という問いをもっと掘り下げて、一般にも広く知られるようにしないといけません。(こんな評論家みたいな書き方で本当に忸怩たる思いです。また、『学力経済学』で有名な中室先生や、教育社会学の大御所・苅谷先生あたりがその研究で有名です。

 

「学力」の経済学

「学力」の経済学

 

 

 

格差社会と教育改革 (岩波ブックレット)

格差社会と教育改革 (岩波ブックレット)

 

 

 

◯おわりに

話が脱線しましたが、「自由と多様性」を原理にもつ私学の教員として、非常に考えさせられます。公立の3倍の学費を頂戴して、何をしていくのか。

この重みをもっと感じなければ、私学は淘汰され、いっせーの!で改革する公立の後塵を拝することになるかもしれません。「多様性」がウリであっても。

 

私学教員として、教育費の減額に寄与することが出来るとすれば、制服等の学校用品取り扱い業者の「どんぶり勘定」を見直し、入札制にする。ということがあります。

が、これって難しくって、建学時など苦しいとき助けてもらったから〜〜なんていう昔のよしみで放任されちゃったりしているよな…というのも事実。この辺は中小企業のような私学という組織の難しさです。