政経につづき、今回は倫理です。この2科目は共通テストで傾向の差がはっきり出ている科目です。最初にそのことを確認しましょう。
政経と倫理の大きな違いは?
共通テスト2023「政経」の分析を踏まえ、教員としては、
- 「具体的なシチュエーション」の重要性
- 「コアとなる概念知識」の確実な習得の必要性
- 「その知識を問う意義」を腹落ちさせる「文脈」の重要性
に意識を置いて日々の授業づくりが求められそうなことを強調しました。一言で言えば、「センター試験との決別」を感じさせる政経、という傾向が3年間ではっきりと見えてきたわけです。
しかし、倫理はどちらかというと、「センター試験からそんなに変える必要ないよ、元々そういう出題だから」という声が聞こえてきそうな出題です。
確かに形式的な出題変更はありますが、総じてセンター試験時代から継承される部分が大きい科目であると認識しています。
やはり大きい18歳成人・公共の影響
2022年4月から18歳成人になるタイミングでもありますが、これと合わせる形で導入された「公共」の影響は無視できません。
つまり、実生活との直接的な関連を意識させる「公共」の影響が強く「政経」の出題形式に反映されているのに対し、ある意味で普遍的な価値に力点を置く「倫理」の出題形式には大きな変更がない、という認識です。
とはいえ、受験生目線で感じる特徴:
- 高校生の学習活動など身近な状況を題材にする形式
- 読解力ベースで文章量が多い
- 初見の図表も慌てず丁寧に読み解く
- 思考力よりも揺るぎない基礎知識が重要
- 時事的要素に配慮したインプットの工夫を
は政経も倫理も共通です。これらの総論を踏まえ、受験生目線と教員目線を交えて、以下「倫理」における興味深い出題に触れていきます。
倫政受験の方は、お手数ですが倫理と政経それぞれの記事をご参照ください。毎年倫政オリジナル問題は出題されず、倫理と政経の問題の転用です。問題等は河合塾から。
- 政経と倫理の大きな違いは?
- やはり大きい18歳成人・公共の影響
- 今年の倫理の設問1は…
- 原典から出題する傾向?
- ちなみに去年のスッタニパータ
- そして今年もスッタニパータ
- ストア派と自然法思想
- テーマは「問い」×探究の苦手な生徒
- 念仏唱えてりゃいいの?
- 松陰先生と問う
- 差がつく日本思想
- なぜ本を読むのか? 真の読書
- 西洋思想で珍しいマイナー出題
- 顔が迫ってくる!
- 話題の「親ガチャ」
- 珍しい?時事性を感じる出題
- ジェンダーと思春期。
- マシュマロ実験を疑う
- 出題率うなぎのぼり!
- 現代思想のにおい
- おわりに:政経との比較
- おわりに2:良質なリード文
まず第1問ですが、リード文のテーマはオーソドックスな「正義」でした。センター試験時代と大きく変わりません。そして、注目の設問1です
今年の倫理の設問1は…
易しく見えて、実は悩ましい問題に思えます。③と④の2択。
④は「十戒においては」がkeyです。ただ、ユダヤ教、唯一伸ヤハウェ、メシア待望、と並べられると正解に見えやすい選択肢です。十戒は「戒め」なので「○○してはならない」がメイン、生活レベルの話も半分あったよなあ、と漠然と思い出して、メシア待望ってあったっけ?と思いたい所。あるいは、③で「出家してない信者の「五戒」なので出家信者はもっときついんだろうな」と③をダイレクトで選びたい。
内容はともかく、センター試験時代から、こういう「悩ましい設問1」になる確率は体感で50%くらいあると思うので、慌てずに先に進みましょう。初日の1科目目は本当に思った以上に時間が早く感じるので、ここで立ち止まらないことです。
原典から出題する傾向?
昨年は『スッタニパータ』からブッダの思想を読み取る問題がありましたが、今年はクルアーンから。
問題自体は読み取り+知識の組み合わせ問題という最近の傾向で難易度も高くないので割愛しますが、原典を読んで現在に引き付ける、という方向性は強く出ている気がします。
実際に、こうやってクルアーンの原典に触れると、「あれ、思ってたイスラームのイメージと違う」と思う生徒は少なくないでしょう。非常に世俗的な教えも含まれ、「平和の宗教たるイスラーム」という面が見えやすくなりますね。授業づくりに生きます。
ちなみに去年のスッタニパータ
全く同じ形式の出題です。原典→読み取り+知識の問題。出題形式は面白いとは言い難いけど、原典と現実をつなぐ、という点は確実に共通テストで強まりました。
そして今年もスッタニパータ
ブッダの言葉、今年もしっかり登場していました。
こちらも読み取り+知識、とはいえ組合せ問題ですべて選べ、なので9択で一見ギョッとしましたが、易しい問題でした。3大宗教が設問5で早くもそろい踏み。
スッタニパータは2022年に新訳が出ています。ありがたい新訳文庫シリーズ。
ストア派と自然法思想
注目はc、功利主義との対比なのでわかりやすいですが、個々の思想と原理の結びつきを問う点では個別具体の知識を問う問題から一段視座の高い問題に思えます。
宇宙法則としての理性を重んじるストア派→文中の「自己の利益ありきで動いてはいけない」というキケロの思想、と分かりやすい展開なので功利主義ではない、自然法思想だと分かりますが、誤答が功利主義じゃなくて実存主義とかだったらもう少し悩ましい問題になっている気がしますね。
第1問はオーソドックスなテーマでしたが、原典と現代を繋ぎながら、現実的な文脈の中での読み取りを含め、活用できる知識を意識した共通テストの傾向が如実に反映されています。
続いて第2問へ。
テーマは「問い」×探究の苦手な生徒
面白いリード文ですよね。問いを立てるのが苦手な生徒のぼやき。
問いは本当に難しいです。探究講座をもう5年くらいやらせてもらっていますが、生徒が一番苦労するのは問いづくりであるのと同時に、問いを正面から「問い」と受け止めすぎない重要性も感じている日々です。
その意味で、この「先生」の関わりは非常によいですよね。こういう伴走する役割が大事だと思っているし、このリード文からもそういう教育者が求められていることをひしひしと感じます。こんな感じで現実の会話が展開できたらどれだけよいか(笑)
念仏唱えてりゃいいの?
問いを契機に、日本思想の出題が続きます。イザナギの物語は結構細かくて正答率は低そう。日本思想はどうしても満点取りにくいので、9割目指す受験生は第2問は1ミスで乗り切りたい所。
設問11の中世の念仏思想に対する問いなんかは教科内の探究としても面白いですよね。
面白いですよね。設問自体は少し難しめな読み取り+知識(法然と一遍の比較)のため割愛しますが、汎用性の高い「問い」を軸に、(幅はあれど)個別性の高い教科の知識を位置づける、という知識の結び付け方は教員にとって参考になる展開です。
松陰先生と問う
何のために学ぶのか?陽の目が当たらず、役に立つとも思えない中で、どうして学ぶのか?そんな問いに松陰先生が熱く訴えます。
③④はaの知識で外せて、①②でaに「一君万民論」が来るので飛びつきそうになりますがbで②を外せますね。こういう仮言命法的な、功利主義的な学びではいけない、というのが松陰先生の教えです。留めおかまし大和魂。
差がつく日本思想
今年はそこまで難しい第二問、という感じはしませんが、この2つで少しずつ差はつくかなという印象です。
設問14は、加藤弘之、西村茂樹とややマイナーですが過去問でも出題があり、かつ基本事項の確認なので、一対一対応できていれば正解できる問題ですかね。森有礼の一夫一妻制、西村茂樹の国民道徳論で、天賦人権論批判の加藤弘之を知らなくてもと取れる点ではマイナーな割には易しめか。
設問15は西田哲学の内容の4択なので、ちょっと踏み込んだ出題です。③④の2択から、「絶対矛盾的自己同一」の見極めですが④はヘーゲルの弁証法と混ざっています。「歴史」というキーワードや「乗り越えられる」への違和感で④を消す、という感じですが、なかなか厄介な出題かと。
とはいえ、西洋思想(ヘーゲル)と東洋思想(西田)の対比が見える出題で、西洋・東洋とぶつ切りで学びがちな思想領域を横断する方向の出題で、良い傾向なのではないかと思います。
なぜ本を読むのか? 真の読書
なぜ本を読むのか、色々な知識人が色々なことを言っていますが、普遍的な解答が示されているように思います。
解答においては、「日記」の内容も参照して答えるのでページをめくって読み取らなければいけない大変さがありますが、時間との戦いに勝てれば大丈夫かと。
この本、Amazonレビュー眺めるだけでも面白そうですね。こういう使える本を紹介してくれる点でも、授業のネタ作りになります。文庫で出てるのもいいですね。
今年の第2問は時間はかかるかもしれないけど、そこまで知識面のみでギョッとする出題はなかったという印象。
こうなると後半がちょっと怖いですね。後半の第3問へ。
西洋思想で珍しいマイナー出題
第3問でいきなり、ラファエロ、ペトラルカ、アダム・スミスと倫理ではマイナーさを感じる出題。
特に最初の設問17は世界史選択者とそうでない人の間で差が付きそうです。
とはいえ、歴史総合になって、そういう差は減ってくるかも…?
設問18は誤答がマルクスなので、分かりやすいかもしれませんが、選択肢読むまでは焦ります。
その後も、比較的オーソドックスな出題、パスカルの原典→知識+読み取り問題はちょっとだけ難易度があがりますが、愛・精神・身体の3つの秩序、中間者、繊細の精神の基本的な用語を押さえていれば、読み取りと併せて何とかなるかな…?
顔が迫ってくる!
これは差がつく問題。明らかに難易度があがりました。レヴィナス=顔、の人名と用語の照合だけでは対応できない問題。
④がアーレントだと消せれば、①②と③がテイストとして違うので、③なのかな、と思えればよいですね。もちろんレヴィナスをちゃんと勉強していれば問題なく③ですが、誤答のアーレント含め、やや難しい。
やはり差が付くのは知識問題、であることを再認識します。
ということでちょっとドキッとする問題も増えた第3問でした。
そして、今回世間でも話題になった第4問へ。
話題の「親ガチャ」
Twitterで話題になった親ガチャのリード文。最後の設問33の対話の続きと併せて読むと、より対話の意味が感じられます。ぜひ読んでみてください。
まず、とってもいい対話です。何が良いって、二項対立に落とし込まず。共通了解を見出す議論が展開されていること。
ちゃんとした言葉で言えば「本質観取」をしている対話です。信念対立ではなく、共通了解を見出すこの哲学対話については苫野先生の書籍が詳しいですが、こういう対話の支援者でありたいと強く思う。
ちなみに対話はこの本も有用です。日本の哲学対話ブームの先駆となった訳本と勝手に思っています。
珍しい?時事性を感じる出題
倫理にしては珍しい出題に思います。現社かと思いました。
bはともかく、ディンクスとステップファミリーを聞いてくるのは、現代の家族形態の変化を表す出題です。「当たり前を疑う」倫理としては十八番的な出題だけど、共通テストでこういう出題はそこまで多くないので、意外に思えました。
ディンクス(Double Income No Kids)は知らないとどうしようもないので、その場合は、「血縁のない親子」で「ステップ」があるなあ、と思えるかどうか、でしょうか。
ジェンダーと思春期。
これは難しいでしょう。ここまで知識として押さえている受験生がいたらあっぱれ。
マーガレット・ミードは、文化人類学者で、生物学的な性ではなく社会的な性の存在、「ジェンダー」という概念をフィールドワークを通して発見した、といっていい人ですが、どうしても手が回らないところ。わかりやすい解説ページがあったので貼っておきます。
昨今の性の多様性の議論を踏まえると、ボーヴォワールが一番に出がちだけれど、マーガレット・ミードが問われるようになっているのはこれもある意味で時事的な出題に思えます。
マシュマロ実験を疑う
いい問題ですね、倫理というか現社というか情報というか、教科横断性を感じる出題。
自分たちが「努力」をしているからこそ、より一層「努力ができない」ことへの想像を巡らせることが難しい生徒もいます。こうした資料の理解を通して自分の信念をゆさぶることができるという意味で良問です。まして倫理の受験層は平均偏差値が高いと言われて「努力」できることが当たり前だという環境の受験生も多いはずだから。
出題率うなぎのぼり!
正義論、公共哲学に位置づけられる思想家の出題が増えている、という傾向はありましたが、今年はセン、ロールズ、マッキンタイアとオンパレードでしたね。
明らかにこの本の出版とも重なっている気がします。
この大問4の出題者、セン、ロールズはともかく、マッキンタイアまで出してることも含め、2021年4月に出たサンデルの『実力も運のうち 能力主義は正義か?』意識したでしょこれは… https://t.co/ot4DbzZNMs
— やっちゃえ|Blended Learning (@Yacchaee) 2023年1月14日
「公共」が必修化して、さらにこの分野は出題頻度があがってA+レベルに位置づけないといけない分野になったなと実感します。理論を現実に役立てるという意味でも、考えるヒントとして使いやすい理論ですね。
授業に生かす、という意味ではこちらの新書がよかったです。
現代思想のにおい
問題文は割愛しますが、設問30のロールズの誤答の肢にデリダ、設問32のマッキンタイアの誤答にドゥルーズと、ポスト構造主義に位置づけられる2人が登場しました。
これも、今後の出題のにおいがさらに増してきた印象。その意味でも話題の新書としてこちらはお勧めしておきたい。
これで全体を概観しましたが、倫理は第4問の作問が他の大問に比べて1つ抜き出ていたかなという印象です。
おわりに:政経との比較
政経が30問、倫理は33問。難易度については「読解メイン」と言われ簡単と勘違いされがちな倫理ですが、初日の1時間目に30ページ強の分量を解ききるのは意外にタフです。
出題パターンとしては、知識+読み取りの合体問題が定着した印象。キーワードと人物の単純暗記問題はセンター試験に比べて減っています。
ただ、「倫理≒現代文」と揶揄されるように、読解力だけで突破できる問題もあり、旧来のセンター試験の課題を乗り越えられていない面も見受けました。ここまでくると、あえて「乗り越え」ようとしていない感じもしてきます。が、これは言うは易しで、行うはかなり難しいでしょうね…曖昧なものは避けなければならない、でも確実に違う、という選択肢をつくるのは至難です。
昨年と同様、「センター試験からの決別」を感じさせた政経に対し、倫理は、どっちつかずというか、知識一発という意味でセンター寄りの問題もあれば、後半は授業づくりのヒントにつながる出題もありました。
おわりに2:良質なリード文
倫理についていえば、センター試験時代からリード文は相変わらずいいですよね。倫理は「どこまでが善くてどこからが善いとは言えないか」の線引きを生徒がとらえることが重要です。その意味で、リード文はうまく日々の授業に生かしたい。
センター2020倫理を解いてますが、今年のリード文は4つとも哲学対話のイントロで使えそう+ストーリーにもなる笑
— やっちゃえ|Blended Learning (@Yacchaee) 2020年1月18日
大問1で現代の課題を見つめつつ友の大切さを悟り、大問2で旅に出る。旅に出ると「伝統とは、国とは」という問いに大問3が応え、大問4で受験生を労ってる(なお受験生は読まない)。 pic.twitter.com/hsz4gFIcbc
こういうものが共通テストで減ってしまったのは個人的に残念です。仮にテンプレ的な対話だったとしても、生徒たちの想像力を掻き立てるには効果があることを日々の授業で実感しています。
とはいえ、使う知識の幅や、哲学的な思考の意義は変わりませんので、その特性を立たせた授業実践をし続けていきたいですね。