政経につづき、今回は倫理です。この2科目は共通テストで傾向の差がはっきり出ています。最初にそのことを確認しましょう。
18歳成人・公共の影響
22年4月から18歳成人となりましたが、これと合わせる形で導入された「公共」の影響は無視できません。
つまり、
実生活との直接的な関連を意識させる「公共」の影響が強く「政経」の出題形式に反映されているのに対し、普遍的な価値に力点を置く「倫理」の出題形式には大きな変更がない、という認識です。
確かに形式的な出題変更はありますが、倫理は総じてセンター試験時代から継承される部分が大きい科目です。
とはいえ、受験生目線で感じる特徴:
- 高校生の学習活動など身近な状況を題材にする形式
- 読解力ベースで文章量が多い
- 初見の図表も慌てず丁寧に読み解く(時間配分に注意)
- 思考力よりも揺るぎない基礎知識が重要(差が付くのは知識問題)
は政経も倫理も共通です。これらの総論を踏まえ、受験生目線と教員目線を交えて、以下「倫理」における興味深い出題に触れていきます。
※「倫政」は、毎年オリジナル問題は出題されず、倫理と政経の問題の転用です。問題等は河合塾から。
- 18歳成人・公共の影響
- やはり良いリード文
- いきなり時間・空間が大拡張!
- 知らない思想家が出ても
- 3年連続スッタニパータ
- 大問2:日本人と平和
- 時代の中で○○をとらえる
- まさかの4肢正誤問題
- 日本の行く末を問う
- 概念で思想家を束ねる
- 君たちはどう生きるか
- 音楽にも宿る普遍性
- 話し合ったって意味がない!?
- 知識問題に見えますが…
- 哲学するのになぜ哲学史を学ぶのか
- 現代に生きる深い理解を問う!
- 本質観取が推奨されている!
- 第4問は「後悔」する哲学
- やっぱり平和を問うている
- しくじり先生は正しい!?
- おわりに:倫理はオワコン?
やはり良いリード文
なぜ倫理(哲学)を学ぶのか?について、とにかく倫理は「覚えなければいけない」と感じている受験生の目線に立って語ってくれています。
特に西洋哲学の系譜は、この「継承」と「批判・再解釈」のプロセスをしっかり取り出せるので、授業でも強調したい所。そして皆何らかの形で言葉による普遍的な洞察を行っている。
私もレクチャーをする際は、このプロセスを「バトンパス」と呼び、継承と批判を際立たせ、哲学者の普遍的な洞察を現代に生かせる形で提示することを心がけています。
哲学という営みの意義を生徒が強く感じられる授業をすることが、見方・考え方を育むということではないでしょうか。相澤先生の仰る通りです。
今年の共通テスト倫理の第1問のリード文。先人の考え方を継承しながら思想は確立されるという、倫理を学ぶ際の要点が端的に述べられていて、とても〈教育的〉で素敵です https://x.com/o_aizawa/status/1746376127877386598?s=20
その意味では教育者に対して〈教育的〉なリード文ですね。
いきなり時間・空間が大拡張!
このリード文から設問1へ。これは1日目最初の科目の1問目としてはかなりタフですね。極度の緊張状態の中選び抜くのは厳しい問いに思えます。難関大志望者の多い倫政の問題の1問目もこの問題でした。
3肢すべて「よくわかんない…」となった受験生が多いと思います。アは新プラトン主義とかアウグスティヌスが想起できれば〇、イはアリーの子孫に指導者を限定すべきというシーア派が誕生した背景を確実に学んでいる世界史選択者にやや有利でしょうか。なんとなくイスラームとギリシャの融合ってあったよなと思っていると足元をすくわれる嫌な選択肢。東西融合の視点で選択肢を見るとウは〇としやすいか。難しいですね。
時間も空間も大きく広げた出題で面白い試みですが、センター試験時代から、こういう「悩ましい設問1」になる確率は体感で50%くらいあると思うので、慌てずに先に進みましょう。初日の1科目目は本当に思った以上に時間が早く感じるので、ここで立ち止まらないことです。
知らない思想家が出ても
設問2は儒家の基礎的な問題(仁と礼を読み違えなければ取れる)ですが、これも3肢全て正答しないと得点できないという問いで、精神的に負荷の高い問題が続きました。
問3も時代・地域を横断する問いですが、アウグスティヌスの「歴史=神の国vs地上の国」は取りたいところ。地上の国が隣人愛に基づいていたら対立してないですからね。教科書にも太字+解説があるものも多く、アウグスティヌスのキータームは多くないので、高得点を目指す受験生は取らなければならない問題。
昨年は3問目で原典からの読み取りが出ましたが、今年は4問目。定番化していますね。初見の文章でドキッとしますが、慌てずに。
問題自体は読み取り+知識の組み合わせ問題という最近の傾向で難易度も高くないので割愛しますが、原典を読んで現在に引き付ける、という方向性は強く出ている気がします。仏教と中国文化の出会いという着眼も面白いですね。授業づくりの参考になります。
なお、設問5のイエス、6のムハンマドの教えは一転非常に易しい問題。こういうのを設問1にしてくれれば受験生もすんなり入れるんだけどね…問7は自然哲学者の主張を解説するアリストテレスの資料読解問題。これもセンター試験の倫理らしい知識+資料読解です。古代自然哲学者の自然観は、神観念にもどついている、というのも大切な時代理解。
3年連続スッタニパータ
3年連続は珍しいといっていいのではないでしょうか。学ぶ意義を感じさせる自然な文脈の導入という意味でも、使いやすいんでしょうね。記念に3年分並べておきます。
今年の問題はほぼ読解だったので資料のみ。でも1問に3ページ費やすのはさすがに長くないですかね。以下23、22年で
スッタニパータは2022年に新訳が出ています。ありがたい新訳文庫シリーズ。
大問2:日本人と平和
昨今の世界情勢を踏まえた出題に思えます。そして、戦争体験者が少なくなっている現実を感じる「ひいおじいさん」と、Cさんのスタンスですね。
設問9は易しめ。折口信夫の「まれびと」の意味はもちろんですが、「客人」と表記することを押さえていれば引っ掛からない。
設問10も空海の即身成仏は現世利益との関連でおさえておきたいですね。そうやってみると3肢すべて仏教を時代という縦軸でみる意義深い問題に思えてきました。
時代の中で○○をとらえる
横断的・縦断的な問いが結構あるなあ…と思いながら設問12。ここで倫理の出題形式の変化を感じます。この問題は人名が一切出てこないですよね。江戸時代に儒教がどのような展開を見せたか、という形でやや視野の広い学習を求めていると受け取りました。
哲学(≒思想)は時代に対する切実な応答でもある、という特質を踏まえた授業をより意識したいと思います。
まさかの4肢正誤問題
男女問わず聴講自由、商人の経済活動を肯定し、広く受け入れられた石門心学。世界が内向きになりつつある今、これを問うのは意義深いと思いますが、組み合わせとはいえ全部当てないといけないのは大変だ…
無鬼論は難しいですね、私も誰だっけ…と思いました(山片蟠桃でした)。正答できても、「このタームは梅岩ではない」くらいの感覚でエ✕とした受験生が多いのでは。逆に過去問や問題演習で触れていたら文句なしの学習の成果ですね。エの正誤を間違えると、アイウ全部あっていても3点落とすのはどうにかならないか…
なお、石田梅岩ゆかりの亀岡市は心学にちなんだゆるキャラ・しんがくんがいるそうです。こういう小ネタも大事ね。
日本の行く末を問う
この問い方は昨今の世界情勢を踏まえた出題に思えてしまいますね…
公共の天理の読解で①or④、横井小楠と儒教の関わりで実質2択までいければ良いですが、なんとか当てたいですね。なお、彼が甥っ子に送った手紙の中で語っていた「堯舜孔子の道」の言葉がかっこよいので載せようと思いググったら熊本市さんの激熱解説があったので載せておきます。
「横井小楠の決意の雄たけび」ですよ。すごい解説。
概念で思想家を束ねる
「平和」で思想をまとめて問う形式。概念が個々の人名・思想より優先される学習を示唆する出題に思えます。こういう問い方も顕著になってきましたね。
これは難しい。大問1で世界史選択者に有利と思える肢があったけど、これは日本史選択者が有利になるかもしれません。石橋湛山の小日本主義に食らいつける問題演習の蓄積が求められる問いでした。与謝野晶子がそんな主張しているかは全く分からない受験生が大半では…
君たちはどう生きるか
大問2のラストは、明らかにあの映画を踏まえて作ったでしょ…!という問い。
こうやって読んでみると、「君たちはどう生きるか」もそうだけど、めちゃくちゃ実存的なメッセージですね。と思って調べたら吉野源三郎とサルトルは6歳しか変わらない!こうした実存主義は20世紀の一つの到達点といってもいいですね。
音楽にも宿る普遍性
あ、あの映画、実は私は観ていないんですが、米津さんの主題歌はめちゃくちゃいいですね。彼の楽曲づくりのインタビューも時折生徒に紹介しています。普遍を志向する哲学に通ずるものがあるからです。
大問2は難易度と読解量も含め重たく感じるので、後半は少し楽になればいいなと期待して大問3へ。ちょっと字数がかさんできたのでサクサクいきます。
話し合ったって意味がない!?
今年の倫理のリード文は、教員に何かを訴えかけてきますね(笑)教員ならこういうやりとり、思考を一度は経験したことがあるはず。
人文系統(今回は芸術)における相対主義と、自然科学系統における合理主義を突き詰めていくと、いずれもこのように「相互作用」の意味を揺らがせる事態に発展します。
かつてある先生が、「話し合う授業が大切だといっても、理科で話し合ってもねえ…」と言っていたのを私は今でも鮮明に覚えて(しまって)いるくらいに、根深いものです。
教師の学問分野観は生徒も素直に吸収してしまうことが多いので、バランスの取れた学習観を学校で養いたい所です…さて問題へ。
知識問題に見えますが…
これは賛否分かれそうですね。どういう学習をしてきたかが問われる良問に私には思えました。
これを知識問題と捉えると、世界史有利とか、そこまで細かく作品まで見てない!といいたくなりますが、信仰から再び理性へ、という「近代」の位置づけ、中世との違いという本質が踏まえられていれば、④の最後はどう考えてもおかしいと気づける問題です。
特にこの問題は、個別の知識よりも本質的な理解を問うているように思えます。
つづく設問18はまた肢3つすべて当てないといけないタフな問題。そして政経でもウェーバーが出ていましたね。長い著作のタイトルに一度ふれていればイエズス会にピンと来てほしい。カルヴァンの「職業人」は何となく解くと間違えそう。倫理は聞きなれた言葉でも、その人物の用法に注意しないと間違えて理解してしまうことを示すいい例ですね。
哲学するのになぜ哲学史を学ぶのか
設問19定番のカントと思いきや、まさかの判断力批判からの出題。
読解で①or②に絞れますが、②「独断のまどろみ」から目を覚ましたのはルソーじゃなくてヒュームの影響です。この出題は、一見ただの知識問題ですが、普遍をめぐって紡がれてきた西洋哲学史をタテに学ぶ意義を感じさせますね。
びっくりしたんですが、続く設問20でヒュームの著作と名前も出ている点、設問21でご丁寧にルソーの思想をしっかり聞いているのをみると、②の肢の検討のヒントにしてほしいという作問者の意図がありそうですね…あえてヒュームをカントの後に出してるのはそういう意図にしか読めない(笑)
なお、ルソーの問題の設問21でこの文章を読ませた後に、ニーチェのルサンチマンで対比を効かせる問いの設計は面白いですね。解いていて楽しい。
現代に生きる深い理解を問う!
これもいい問題に思えます。
細かいと言えば細かいかもしれませんが、ミルの質的功利主義のコアバリュー、他者危害原則と個性の尊重の意義を根っこから理解していないと3肢正解できません。イは過去問でもひっかけの肢であったような気が。
本質観取が推奨されている!
ただの読解問題に思えるかもしれませんが、一番テンションが上がった出題!
この文章+④で語られていることこそ、本質観取のステップと意義ですね。苫野先生の著作をぜひご覧ください。西研先生の著作も有用です。
さらに、SFCの井庭先生が本質観取をだれでも実践できるようにパターンランゲージを開発してくださいましたが、本質観取の一実践者としてこの出題には背中を押されました。
第4問は「後悔」する哲学
昨年親ガチャで話題になった第四問。今回は「後悔」でした。ここからもう後悔の本質観取になだれこめる。
共通テストの倫理の問題もざっくり見ましたが、第4問の後悔についての対話は面白いですね。後悔の本質観取が始まっている。 pic.twitter.com/zN2432fEjE
— やっちゃえ|Blended Learning (@Yacchaee) 2024年1月14日
やっぱり平和を問うている
後悔の歴史を踏まえ、大問が変わっても平和を問うているように聞こえますね。
フランクル、セン(緒方貞子)、マザーテレサが明らかなのと、実質それぞれ2択なので何とか正当はできそう。今まで3肢,4肢全てあっていないとダメな問題が多かったのに、ここは易しい設計ですね。全員欠かせない存在ですが、ヴァイツゼッカーの言葉は地歴公民科のみならずどこかで一度は聞いたことがある、と思えてほしい。ただ、教科書にも載っているのか記憶は曖昧…
設問27のブーアスティンの疑似イベントは難しいですね。どうしても現代思想のマイナーな思想家、概念は出てしまうのですが、その分出題のされ方は易しい印象。
しくじり先生は正しい!?
これも面白い出題ですね。意思決定プロセスに後悔がどのように影響するか。
実験結果の読み取りですが、cに肢カが入るように、自分の状況と直接関係ない状況での後悔の話がこのように影響すると考えると、しくじり先生という番組の試みはとても正しいというか人間という生き物の特性を踏まえたバラエティになっているわけですね。
一方でこの問題は昨年のマシュマロテストの問題のように、倫理は現代文だから、と揶揄される問題になってしまいます。すごく面白い出題だけど、問えることが限られてしまうのが今の共通テストという形式における限界。
大問4の残りについて簡単に触れておくと、青年期分野の出題が拡大したのは、来年度以降の「公共・倫理」の出題を示唆させる問題でした。と思ったらハイデガーのそれなりに踏み込んだ概念理解が問われる正誤(なぜか1つだけサルトルが混じった4択問題)で定番の哲学者は過去問演習量がモノを言いますね。そして、最後まで読解が続き、時間が足りなくなる受験生もいたんじゃないかと思いました。
おわりに:倫理はオワコン?
政経が30問、倫理は33問。難易度については「読解メイン」と言われ簡単と勘違いされがちな倫理ですが、初日の1時間目に30ページ強の分量を解ききるのは意外にタフです。
出題パターンとしては、知識+読み取りの合体問題が定着し、キーワードと人物の単純暗記問題はセンター試験に比べて減っています。
そして、これで4年分の共通テスト本試験が終了し、来年から「公共・倫理」となっていきます。難関大が課している現行の「倫理政経」よりは出題範囲が狭くなる点で、受験生にとっては朗報かもしれません。
が、政経が出ないとは言っても、「公共」の7~8割は政経の内容であることを考えると、「公共・政経」にした方がコスパという観点では良いように思え、「公共・倫理」で受験する層は減ってしまいそうで残念です。ただ、倫理の問題が7~8割を占めるので、まずは来年度どのような受験数比になるか注目したいですね。
ただ、逆説的かもしれませんが、倫理は必修でなくなるどころか、受験でも使われない科目になったとしても、かえって目先の利益に左右されない特徴を持つ科目の特性、真価が発揮される可能性もあるかもしれません。
いずれにせよ哲学という営みの面白さ、興味深さ、そして役に立つということも含めて高校生によく伝わる機会が確保されることを願いつつ、私もまずは目の前の授業をより良いものに改善し続けたいと思います。