政経編、倫理編に続き現社です。政経と倫理の出題は対照的にも思えましたが、現社はどうだったでしょうか。
いくつか踏まえたい前提もありますが、長くなるのでまずは問題を順にみていきましょう。教員目線と受験生目線を交えて、以下「現代社会」における興味深い出題に触れていきます。問題は毎日新聞から。
- 内閣人事局と人事院
- 選択肢の作り方の違い
- つまり何が言いたいか?
- 決め方が変われば結果が変わる
- 修正あり:ドントとアダムズ
- 一票の格差問題
- 現社における倫理分野の扱い
- 18歳?20歳?
- バブルのメカニズム
- 2022年はこの出題が多かった!
- やはり、横の連携はないのでは
- 「個人化のもとで共同体はいかにして可能か」
- 構造主義が現社で
- 道徳教育推進教師の役割?
- 4ページにもわたる問題!
- 「公共」の影響は大きい
- 2022政経でも「公共」の影響
- 公共の行方をうらなうと…
- 公共のサンプル問題という裏付け
- 1教員として
ちなみに、毎年「設問1」で結構つまずく問題が出ていたのですが、今年の現社はセンター形式の平易な問題で安心しました。
内閣人事局と人事院
設問2は触れたいことがいくつか。
まず、内容として、アは意外と難しいのではないかと思います。内閣人事局と人事院の違いを理解していた受験生は少ない、というかほぼいないのでは…?正答率は低めに出そう。
ただ、イ・ウが明らかに正しく、「幹部人事」まで人事院がやってるのは変だよね、と思えればアへの違和感から④を選べそうですね。予備校さんの分析ではこの問題全然触れられてないけど結構難しいと思います。
ちなみにこの内閣人事局と人事院の関係性はこの記事でよく学べます。
安倍政権は内閣人事局によって「政治主導」を制度的にも実現し、長期政権を築いたという分析です。
この辺りのテーマって結構面白いですよね。城山三郎の名作『官僚たちの夏』を読むと、かつての「官僚主導」との対比がよくわかります。
選択肢の作り方の違い
そして、もう1つこの問題で思ったことは、現社の選択肢の作り方が他の科目と違うということ。具体的には、
1.「⑧正しいものはない」という選択肢が現社にはある
2. 選択肢の並べ方が違う
という2つの特徴です。比較として、下の問題が今年の政経の問題。
政経では見て分かるように「⑧正しいものはない」という選択肢がなく、「⑦アとイとウ」というように、すべて選んだ場合の選択肢を最後に持ってきています。これは、現社では「①」にあたる選択肢でした。
つまり何が言いたいか?
ここから推察するのは、理由はわかりませんが、試験作問委員の横の連携はほとんどないのではないか、ということです。
いや、そんなことかい(笑)と思うかもしれませんが、選択肢の作り方、並べ方は難易度調整の点から、大学入試センター側も統制するはず。
しかし、こうした違いが同じ公民科目で生じるということは、現社と政経の作問委員会が連携しているわけではなく、あくまでその科目内での「良質な試験」を目指しているのではないか、という推測です。その手段として、「正しいものはない」という選択肢を設けるか設けないか、が科目によって異なっている、ということ。
だからこそ、学校現場の指導でも、生徒がどの科目を受験するのか、で多少は具体的な指導が変わってくる、ということです。ここまで意識する必要があるのか、と言われればマニアックな指導かもしれませんが(笑)
現社なのにいきなりマニアックな解説をしてしまいましたが気を取り直して問題に戻ります。
決め方が変われば結果が変わる
こちらのクイズの答えでもあります。
【共通テスト2022現代社会から】
— やっちゃえ|Blended Learning (@Yacchaee) 2022年1月17日
・最初の2枚が昨年2021現社の出題。
・✏️マークをつけた後の2枚が今年2022現社の出題。
さて、この2つの設問に共通していることは何でしょう?
この後現社の分析記事もUPしますが、政経、倫理、現社と傾向がハッキリ出ていて興味深いです。 pic.twitter.com/NOKPbG5nko
去年は慶應の坂井先生の新書の内容がばっちり出て、決め方の重要性を問い直す必要性を平易かつ説得的に世に示された功績が全国に伝わりました。そして、先生からもブログ記事を引用して頂きました。
これはこのように言ってよいと思うのだが、今年の共通テスト「現代社会」に、明らかに『多数決を疑う』が生んだ問題系での大問がある。本の引用はないが、それでよい。これまで各種試験にこの本が使われることは多くあったが、新しい問題系として確立したということだと思う。https://t.co/KwytdyQuWP
— 坂井豊貴 (@toyotaka_sakai) 2021年1月31日
これと直接的には異なりますが、今年も現社で「決め方」の違いに焦点を当てる問題が出ました。
ドント式の計算は受験生なら全員やったことがあるはずで、仮に忘れていたとしてもリード文を丁寧に追えば、難なく③にたどり着けます。
注目してほしいのは、リード文の「気づいたこと⑵」です。
抽象化すれば「決め方が異なれば、結果が変わる」ということを示していますよね。これは、社会科学の複雑なものを複雑なまま認識する態度の育成に寄与する知見です。
やはり、問題系として成立させ、手続の重要性に経済学的な見地から光を当てた坂井先生の功績にあっぱれ、というか大感謝です。まだの方はぜひこちらの2冊を。
修正あり:ドントとアダムズ
なお、今年2022年から、衆議院の議席配分についてはアダムズ方式が採用される見通しです。
「決め方が変われば結果が変わる」という位置づけでこうした問題が出るのは良いことですよね。ただ計算させる「処理ゲー」よりも意義があります。
※「ねぽりんはほりん」ってこんな出張もしているんですね…!
【加筆修正】ドント式に代わってアダムズ方式が導入される、わけではありません。日本においては、そもそもの(衆議院の)議席配分についてアダムズ方式が導入され、その後の(衆参共に)比例代表における当選人決定方式はドント式のままです。当初の記事ではドント式がなくなる、と書いてしまっていました。失礼しました。
一票の格差問題
続けて設問4ですが、これもいい問題ですね。「言葉は知ってるだろうけど、ほんとにわかってる?」と尋ねてくる問題。
日々の授業でも、「じゃあ、どうしたらいい?」という形で問いかける、というのが今すぐできることでしょうか。やはり社会科、特に公民科は「問題に直面する」ことから始まる学びが多いですよね。
アダムズ方式も、この「一票の格差」問題に対応するための手段、として位置付けられます。
現社における倫理分野の扱い
第一問(大問1)の最後にこの問題。現代社会で佐久間象山は予想外でしょう。
中江藤樹を勉強してYを誤と判断できれば良いですね。佐久間象山だけで○×判定できる現社受験生は少ないでしょう。
それよりも気になったのは、倫理分野のこの扱われ方。倫理受験者からすれば、「え、アリストテレスの文章はこれで終わり!?」という感じの短さ。長ければよいわけではありませんが、この辺りが現社らしいと言えば現社らしい。
公共でもこうなっていくと思うと、倫理の位置づけが小さくなっていく次の指導要領とはいえ、「倫理」が「倫理」単体として存在することは逆に重要なのだと感じます。
18歳?20歳?
18歳成人と「公共」により、扱いが大きく変わることが確実な民法分野、今年も出題されています。
まず、4月に18歳となり、一斉に「成人」になる高3生への問題としてとても良い問題です。酒、タバコ、年金は20歳のまま、と覚えていればウも対応できたはず。
アの少年法は改正があったばかりなので時事的な現社らしい問題にも感じます。
18,19歳を現行法通り少年法の対象としつつも、「特定少年」という位置づけにすることで厳罰化の要請にも応える、という法改正でした。
そして、「公共」導入による現社と政経の接近傾向はここでも示されていると言って差し支えないでしょう。昨年は現社でも政経でも、民法改正に絡む出題がありました。
ちなみにこれが去年の現社の問題。
バブルのメカニズム
5つの選択肢の時系列並び替え問題は昨年も出ていましたね。
割愛しますが、昨年は日本の戦後経済成長率の推移に関する並び替えでした。
「景気の波」があり、人間が意図的に何かをするとその波のサイクルが大きく変化し、バブルや恐慌につながりやすい、という幅の広い「知識」を持てていれば、②(特にウ→イ→オのリンク)は選べるはず。
この5択並び替え問題も、現社の特徴として公共に受け継がれるかもしれませんね。
2022年はこの出題が多かった!
公民科3科目すべてに共通して言えることですが、こういう概念と事例の関係を問う問題、もっと言うと、「規範→当てはめ」の法学的な思考プロセスを問う問題が多かったですね!
リスケが救済措置だと読み取れれば③は選べますが、現社としては多少難解なリード文なのでてこずった受験生もいるでしょう。読ませる傾向は全科目共通の変化ですね。
やはり、横の連携はないのでは
銀行の信用創造をめぐる問題が現社でも政経でも出されましたが、その「出され方」が異なっており、Twitterで盛り上がりを見せているのを目にしました。詳細はこちらのツイートに譲ります。
今年の共通テストは銀行による融資と信用創造に関して
— はまさん (@hamakeikei) 2022年1月15日
現代社会:銀行による又貸し説を出題
政治経済:銀行による万年筆マネー説を出題 pic.twitter.com/ZbGT36hWR7
どちらがどう、という良し悪しに踏み込んだ話はしません。が、問題としてはどちらもきちんと成立していますし、受験生の対応可能な範囲での出題です。
私がここで着目したいのは最初の方でも述べた、「試験作問委員の連携」の話。これで、「連携していない説」がさらに濃厚になったのでは。
「個人化のもとで共同体はいかにして可能か」
さて、第四問(大問4)に入り、目を引くリード文が。問いがいいですよね。
この今田先生の文章のフルバージョンはJSTAGEで読めました。「ケア」をキーコンセプトとする共生社会論、興味深かったです。倫理のリード文はもちろん、小論文、現代文でそのまま使われてもおかしくない。
「ケアとは単なる他人への気配りではなく、自己の心の葛藤を克服する力でもある」
ですって。ケア論って入試でどんな感じなのか国語の先生に聞いてみよう。私が「ケア」で思い出すのは『ペコロスの母に~』もあるけど、やっぱりこちらです。生徒にも勧めまくっている。
続く問題で、「ダイバーシティ」が問われ、同性パートナーシップ制度についての選択肢があるのも現社らしい問題です。
構造主義が現社で
これは現社にしては踏み込んだ出題。
フーコー、レヴィストロース、ハーバーマスをきっちり押さえていた受験生は多くないはずです。でも、フーコーもレヴィストロースもやっておきたいですよね。認識のメガネを与えてくれる思想だからなおさらです。
道徳教育推進教師の役割?
この問題、昨今の違法アップロード等の知的財産権侵害を前提にした時事的な出題、とも読めますが…
うがった見方かもしてませんが、こういう違法行為への牽制を、共通テストの試験問題に混ぜ込むのは、「公共」で期待される「道徳教育推進」の流れをくむ出題のように思えてなりません。←書いてみたら思っている以上にうがっていた。
「私的使用ならOK」という条件、つまり違法性の線引きを問うている点からも、明確な認識を求めているように思えますね。
4ページにもわたる問題!
最後の大問に入りますが、公民3科目の中でこれが一番長かった問題。聞いていることはシンプルですが、長い。
要点をつかめばすんなりいきますが、とにかく時間を食うので、こういう問題は正直、予備校さんの対策本でやるしかないのだけど、作るのも大変ですよこれは…
最後の4問は割愛しますが、概念に照らして具体を当てはめ続けていく問題なので、難易度よりも時間的に苦しいですね。処理の慣れが必要。
さて、全体を見てきましたがまとめます。
「公共」の影響は大きい
まず、これが一番ですね。
※2022年4月から18歳成人になるタイミングでもありますが、これと合わせる形で「公共」へ
現社は特に、公共の前身(というかほぼ「公共≒現社」とすら言われる)となる科目なので、現社の出題内容は公共の共通テストの行方を示していく、という前提で問題を解きました。
また、実際に去年の現代社会の問題は、公共への変化を明確に意識した出題がありました。
で、実際この記事でみた2022現社もその流れに乗っています。加えて、
2022政経でも「公共」の影響
実生活との直接的な関連を意識させる「公共」は、今回の共通テスト2022「政経」の出題形式に(も)反映されていました。つまり、
- 「具体的なシチュエーション」の重要性
- 「コアとなる概念知識」の確実な習得の必要性
を今後の授業づくりでは意識する必要がありそうです(といってもこれらは以前からやってきたことでもあります)。
また、受験生目線で感じる特徴:
- 高校生の学習活動など身近な状況を題材にする形式
- 読解力ベースで文章量が多い
- 初見の図表も慌てず丁寧に読み解く
- 思考力揺るぎない基礎知識が重要
- 時事的要素に配慮したインプットの工夫を
という点は、政経も倫理も共通でした。今後の公共でもこれは変わらないでしょう。
公共の行方をうらなうと…
公共の特徴をこうしてみていくと、逆に「倫理は蚊帳の外」と言ったら言い過ぎですが、そんな印象。現社と政経の出題方式はかなり似通っているように思いました。
現行の高等学校学習指導要領では、公民科必修科目の設定は2パターンです。①現代社会、②政経+倫理のどちらかで、主に多様校を中心に①、進学校を中心に②、がとられている状態です。
しかし今後はすべての高校で公共が必修化し、学校ごとに、政経や倫理を選択科目として設定する制度になりました。
これに伴い、共通テストでは「公共・倫理」と「公共・政経」に分かれるわけです。
こうなると、相互に親和性のある「公共・政経」が増え、「公共・倫理」の選択者が減少し、倫理そのものの存在意義が問われるようになっていくように思います。
18歳成人に移行する最中の学習指導要領改訂ですから、次の改訂では再び倫理の位置づけが変わってくるかもしれませんが、何とも言えません。
※「地理総合、歴史総合、公共」もありますが、これはどういう位置づけになるかイマイチまだ見えません。また、「公共・倫理・政経」はないらしい。ソースは以下。
公共のサンプル問題という裏付け
公共のサンプル問題を見ても、公共の問題は現社の後釜、という感じで、倫理的要素はかなり薄いです。
相対主義が跋扈する時代において、当たり前を問い直しながら普遍を追求し、共通了解を模索する上で必要な思考プロセスを提示できる倫理の位置づけが小さくなるとしたら、残念に思います。
そもそも公民科の高校必修がなぜ2単位なのか、というところから、議論をして頂きたいところでもありますが、話が広がりすぎるのでここまで。
(他意はありません)某外資系金融の重役の方と日本の公民科教育について話す機会があったのだけど、最後に「え!?高校の公民の必修が2単位!?毎年2単位ってことじゃなくて!?」と驚かれ、最後は「話にならない」と憤慨されていました。いや本当に2単位で「主権者」はキツイというか無理があるのよ…
— やっちゃえ|Blended Learning (@Yacchaee) 2021年11月28日
1教員として
政経と現社は特に
- 「具体的なシチュエーション」の重要性
- 「コアとなる概念知識」の確実な習得の必要性
を感じた共通テスト2022でしたが、そうした授業を
- どんな方法で実現するか
- 剥がれ落ちにくい知識にするにはどうするか
が問われている、ということで終わりたいと思います。長文にお付き合いいただきありがとうございました。
さすがに3科目を解いてこれだけ編集して記事にするのは疲れますね~~そしてこういう記事ほどあまり読まれない現実!でもフローではなくストックにすることに意味があると思ったので更新できてよかったです。皆さん健康第一で頑張りましょう。