読み、書き、考える。
このプロセスを通して人は学ぶ。そのコツをいかに教員は教え、生徒は学ぶのか。その技術を「追体験」することで学ぶ1冊。
教員側の視点と、学生側の視点が両方メタレベルで語られることで、how toにとどまらない広がりを持っており、探究をガイドする教員のあり方を模索する身として、唸る記述が多くありました!
チュートリアルって?
本書では、オックスフォード大学でも伝統的に行われている教授と学生の1対1の対話であるチュートリアル(1対少人数のこともある)を例に話が展開されます。
その対話の様子が本書には収録され、教員が学生を揺さぶりつつ、興味関心に即した効果的な問いを作る手助けをする様子がよく伝わります。
チュートリアルの丁寧な解説⇩
チュートリアルでは、生徒が事前に与えられ取り組んだ課題について、教授と1~3人の少人数で議論を行う。この課題はエッセイという形をとることもあれば、学部によっては問題を解いてくるという形にもなる。議論の中では教授とともに課題を見直し、自分が導き出した解や考え方以外の物の見方や問題の解き方を追求する。課題に対する洞察が足りない場合や持論の展開が甘い場合はチューター(またはスーパーバイザー)から辛辣なコメントをもらうこともあるが、基本的には思考を解に縛らずに、自由に思考することに重きが置かれる。批判的ながらもしっかりと先人の歩みを追いながら新たな考察を導き出すそのプロセスは、日本の「守破離」の精神に通じるものがあるだろう。
ニュートン、アダム・スミス、ダーウィン…世界の偉才を産んだ「オックスブリッジの流儀」とは(オックスブリッジ卒業生100人委員会) | 現代ビジネス | 講談社(3/3)
実際に私も留学してチュートリアルを経験したことがありますが、感覚でいうと「返球をきちんと求められる個人ノック」という感じでしょうか。
球を取って終わりなのではなく、明確に返答を求められ、その返答によって次の球が変わってきます。しかも1対1で小一時間続くので、一斉講義のように黙って聞いてわかったふりをするという逃げ方ができない。結構きつい時間です。笑
でも、その分準備していけば、「チュートリアルがなかったら恐ろしかったな」と思える時間でもあります。そして贅沢な時間でもあると(今だから)言えます。
苅谷剛彦先生といえば
教育社会学をかじった人間であれば、知らない人はいないビッグネームでしょう。
今回のように、教育の方法論について日本語で本を書かれるとは思ってなかった〜と思っていたけれど、よく考えれば、こんな本も読んでいました。
知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)
- 作者: 苅谷剛彦
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2002/05/20
- メディア: 文庫
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たくさん本は書いておられるけれど、教育の方法・技術論も先生のご関心の1つのようで今回の新書も先生の発案?かのような記載がありました。ありがたや。
で、今回は新書のタイミングとしてもピタリだったと思うのです。
学校現場の切実な課題
というのも、新学習指導要領でも示されているように、言語活動を重視しながら教科横断の視点をもった探究型の学びを推進することが求められる学校現場。
その中で、特に中等教育の教員にも、生徒の関心に寄り添いながら、「学び」としてガイドする力量が問われています。
ただ、その力量形成を支援する教員養成の仕組みは整っているとは言い難く、現場の温度感もまちまちですよね。特に生徒の層が学校によって大きく異なる高校では、キャリア教育の方が喫緊の課題である学校もあれば、受験指導に力を注ぐ学校があるのも事実。
一方、学校をあげて「卒論」的な成果物を作成する取り組みをしているのも事実。特に都心部の中高一貫校ではそうした取り組みをしていないところの方が少ないでしょう。
そんな日本の状況からして、今回の新書のタイミングはピタリだと思います。
プロの仕事から学ぶ
個人的には、プロだな、と感じたシーンが非常に多かったです。
「苅谷先生だからできるんじゃないの?」 という問いに対しては、そりゃそうでしょ、という部分もあれば、いやいやそうじゃなくて、と言える部分もある。
ただ、普通の教員でも「こういうことを知っていれば、生徒の興味関心から始めつつ、それをより探究しがいのある問いに変えられるんじゃないの?」ということを示唆してくれている点は大きい。
2019必読本の1つでした!
— やっちゃえ先生@2つのPBL (@Yacchaee) 2019年10月14日
教師が「どのパターンに乗せるとこの問いは展開するか」の引き出しを具体的に知ってると、そのテーマの専門知識が少ない場合でも、教師は学生の問いを使って問いの相対化ができる。そうやって、学生と知的なキャッチボールをするのが教師の仕事です。https://t.co/Sk8russi6K pic.twitter.com/MfKT8tkdfW
↑これは今後の中等教育を担う教員に必須の力だと個人的には思うのです。
なお、p270~の石澤さんの振り返りを読むと、それまでのチュートリアルで学んだことが抽象化されて示されているので、ここを参照しながら読むとよいかも。
そして、色々な技術が紹介される(といってもハウツー感は薄い)中で全体を通じて印象に残ったこととして「メタ認知」がありました。
メタ認知を見える化する
「自分が書いたこの文章にどんな意味があるのか?」を自覚して明示的に記していくことの重要性が、日本語だからこそより強く求められるのかもしれないと感じます。
実際に、私も生徒に学期ごとにレポートを課して指導もする中で、意味の見えにくい文章は接続詞を多用して論理的なつながりを明確にするよう指導したことで、生徒の文章が締まったものになることを実感します。
このあたりを、国語の教員だけに任せるのではなく、各教科の見方・考え方を使いながら育てていく必要がある、というのは以前から思っていること。
こんな授業がしてみたい
国語の教員ではないけれど、こんな授業がしてみたいと思うのは、
石澤さんの初回のエッセイと、最後のエッセイを比較して、「どう変わったか」「何が良くなっているか」を生徒に読み取らせつつ、抽象化された書くコツを指導して、自分の書いてきた文章や友達の文章をチェックする、とか。
ただ、難しいのは、このチュートリアルを迎えるまでに相当な「読む・書く・考える」の時間が必要になるということ。
これは私だけの実感ではないと思うけれど、今の日本のカリキュラムでは、生徒の可処分時間は本当に少ないので、実質自分の授業がすべてだ!という感覚で生徒に宿題を課したところで信頼を失うだけ。
読むこと、書くこと、考えること、を軸にした教育活動を選択科目の独自開講科目でやるかなあ。そこまでの力量があるか分からないし、こちらもタフだけれど、教員としてそういう力をつけていくことが、「共同探究者」としてふさわしい気がする。
派手な行事やパフォーマンスではなく、生徒の力がつくことをしたい。
WHYの扱い方に注意する!
個人的に大いに学びがあった中で、印象に残っている部分をあげればキリがないのだけど、生徒の素朴な疑問でよくあるwhy~「なぜ」で始まる疑問の扱い方には注意が必要だという点は目から鱗でしたね。
whyにhowを挟んでみるとわかることがある、というのは因果を特定しきれないことが多分にある社会科学を扱っていると非常に実感を持って理解できたことでした。
そして同時に、生徒に普段指導していることをより的確な言葉で指導できるようになるヒントをもらえた部分でした。
生徒が問いを使いこなす前に、教員が問いを使いこなせるようになるための見取り図になる1冊です。当分手元に置いておく本になりました。
おわりに
オックスフォードでは人に何の分野の勉強をしているか聞くとき、What do you study?ではなく、What do you read?と聞くそうです。
私も留学中によく What's your major? / What are you majoring?(専攻は何?)などと聞かれたことが印象に残っていますが、日本では「大学はどこなの?」がまだ一般的でしょうか?(何を、どう、誰と、どうやって学ぶか、を高校生が考える働きかけがしたい)
にしてもWhat do you read?はすごいですよね。伝統校の文化を感じます。
ーおすすめ紹介ー
オックスフォード大学の話と、関連書籍を紹介します。これがまた面白い。
①オックスブリッジの流儀
イギリスで800年以上の歴史を持ち、世界大学ランキングで連続して1位を獲得する超伝統校のオックスフォード大学や、それに並ぶ名門校として語られるケンブリッジ大学については、こちらの連載記事が日本人目線も踏まえて様々な解説があり面白いです。
②さらに踏み込むなら
こちらの1冊をどうぞ。チュートリアルについても解説があります。
③問いを編集するという点では
やはりこれを紹介しないわけにはいかない。
たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」
- 作者: ダンロスステイン,ルースサンタナ,Dan Rothstein,Luz Santana,吉田新一郎
- 出版社/メーカー: 新評論
- 発売日: 2015/09/04
- メディア: 単行本
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今はこの質問づくり(QFT)のプロセスを継続的にかつ丁寧に追った授業実践はできていないのが実情ですが、これまで試してきた連載記事の第1回を載せておきます。
そしてPBL警察兼QFT警察であるロカルノさんの質問づくり関連記事をどうぞ。
④中学生でもできる問いの編集・探究
に関していうとやっぱり私はこれを紹介したくなる。
学びの技 (YOUNG ADULT ACADEMIC SERIES)
- 作者: 後藤芳文,伊藤史織,登本洋子
- 出版社/メーカー: 玉川大学出版部
- 発売日: 2014/11/11
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る
今でも使っています。Vol2とか出ないかなあ。この記事は質問づくりと学びの技を掛け合わせて行なった授業の型の記録。
ということで、比較的お高い教育書の中で、新書でこうした素晴らしい本が出るのは本当にありがたい!教育関係者の皆さん、ぜひ読みましょう!
地味で難しいけれど力のつく指導のヒントがあふれています。